2016年02月26日

議員選出の原則は人口比によるべき



国会で衆議院議員定数の削減の議論で決まって出てくる意見が「地方の人たちの意見が反映されなくなる」ということです。最近の報道でも与党の議員から「大都会への一極集中、それを含めて考えるべきじゃないかという問題提起をしている」との意見があったそうです。

確かに日本の人口は都市部に集中しており、少数派である「地方」の人たちの意見を尊重して国政をしていくことは大変重要なことであると考えます。しかし、それは「一票の価値に差をつける」形で行われるべきことではなく、一票の価値が等しい有権者から選ばれた国会議員が国会運営の中で配慮をして行うべきことであると考えています。地方の議員の数を歪に増やすことだけが、地方の人々の声を反映する手段ではないはずです。

また、都会と地方という対立軸にも疑問があります。確かに、都会と地方では意見の違いがありますが、都会の人間同士でも地域による考えの違いはあります。東京圏と大阪圏の人の考え方は違いますし、同じ東京圏でも千葉県の人と神奈川県の人の考え方も違います。さらに同じ神奈川県でも横浜市と大和市の人考え方は違うはずです。私は都会という名目で括られ、一票の価値を低くされてしまっている現状に違和感を強く感じています。

従って、基本的には人口比によって等しい価値の一票を私たち国民は割り当てられることが、憲法の理念に合致するのではないでしょうか。

仮に、一票の格差を許容するのであれば、例えば米国の上院議員の各州の代表のように憲法に反しない理念を打ち立てて、国民の合意の下に憲法に規定することで行うべきと考えます。

なお、神奈川県議会でも一票の格差が存在します。主に選挙区を自治体単位に拘るため生じるものですが、こちらも選挙区の設定を柔軟にできる法改正を国には求め、私たち県議会議員自体もこの問題をもっと深刻に受け止めるべきであると考えていますし、定数に拘る会議に出たときはこの考えの下ご意見を申し上げてきました。

理想的なのは、当事者の議員の私益が反映されないように、機械的に選挙区が人口比に修正されていく制度であると思います。あるいは政党政治を前提にするのであれば完全比例代表選挙も一票の格差の解消という点からは有効です。

千里の道も一歩から
posted by 菅原直敏 at 13:28 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月07日

熊谷俊人千葉市長が凄すぎる件

最近、熊谷千葉市長がすごいと思うことがあったので雑感。

認知症サポーターを育成する「認知症キャラバン・メイト」なるものがあり、このキャラバンメイトになるためには、県や政令市が開催する養成研修を受けなければなりません。

民間人でもできることはあるので、私は介護職員としての経験も生かしこのキャラバンメイトとして認知症サポーターの育成にボランティアで関わろうと思い、たまたまネットで見つけた千葉市の養成研修に申し込みました。

すると数日後千葉市高齢福祉課の担当者から連絡が入り、「市民や市在勤・在住者でないため申込は認められない」とのことでした。ちなみに千葉市の募集要項には他県市にありがちな在住・在勤・在学要件がなかったので申し込みました。

しかし、実際は参加者が充足されておらず、またルールとして千葉市民でなければ受けられないということもないので、それならばキャラバンメイトとして頑張りたいのでなんとか参加させてもらえないかと再度お願いしたところ、神奈川県でも「県民及び県在勤・在学者しか認めていない」ことを理由に断られました。これは部長とも決めた「千葉市としての判断」とのことでした。

あまりにもお役所的で残念な判断だったので、この一連の流れを熊谷千葉市長にtwitterでお伝えしました。市長とは同い年で以前に市長室でお話をお伺いしたこともあり、民間出身の非常にバランス感覚がある方であったことと、twitterを用いて広聴・広報活動を行っていることを知っていたからです。

すると、程なく市長から「所管に確認しました。枠が余っていた場合であれば対応することとします。おって所管より連絡いたします。」との返信がありました。

結果、参加者に余裕があったので私も参加することができました。

もし来年8月の神奈川県の研修講座まで待つことになったら、その間に育成できたであろうサポーターがいるわけですから、私としては非常に有難い判断でした。

話を「千葉市長が凄すぎる件」に戻します。

この一連の流れですごいのは、キャラバンメイト養成研修の運用における判断ではありません。この程度の判断は、柔軟な考えを持つ市長であれば誰でもする可能性があるからです。

むしろ、私が凄いと感じたのはtwitterを用いて、市民等の意見を広く吸い上げ、ダイレクトに市政運営に反映させていることです。

政治に関わったことがある方であれば、日々住民から寄せられるご意見に答えていくことは大変なことは知っています。ましてや人口100万人をかかえる政令市のトップがこのような広聴活動を行うには、リスクを受け入れる覚悟、どんな意見にも対応するバランス感覚、公私を犠牲にすること等が通常の市長や議員以上に求められます。

リスクを受け入れる覚悟…不特定多数の人から無理難題をぶつけられることやその対応次第で炎上したり市長の責任問題に発展することもあるでしょう

どんな意見にも対応するバランス感覚…様々な角度から飛んでくる市民の意見と言う球に応えていくことは非常にバランス感覚が必要です。時にはNOと言わなければならないこともあるからです。

公私を犠牲にすること…市長のTwitterはオフィスアワー以外にも稼働しています。

このようなことができるのは、私の知る限り佐賀県の樋渡武雄市長やソフトバンクの孫正義さんくらいです。

市長にダイレクトにものを言って、それが市政に反映される。ある意味究極の広聴ですが、一般の市長ではできないことです。

普通の市長や議員にはまねできないし、まねするにはリスク等が大きすぎることですが、それを平然とやってのけるところに熊谷市長の凄さを感じました。
posted by 菅原直敏 at 21:45 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月01日

求職活動も継続中

8月から求職活動を続けています。

ハローワークはもちろんのこと、転職サイトや人づてなど、ようやくいくつかの候補に絞られてきました。

一つやりたいこともできたので、そろそろ決められたらと思っています。

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posted by 菅原直敏 at 18:51 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月04日

【怒濤の初日〜参議院公示】



怒濤の初日が終わりました。

事務所のばたばたはいつものことですが、まったりとしかし着実に多くの人達の助けを頂きながら、膨大な事務等を終えることができました。

ありがとうございます。

参議院全国区は総務省で立候補の受付を行うため、沿革にいる候補者は選挙道具一式が届くまで活動ができません。結果的に一日を失うことに。

立候補を1週間前の事前届出制にすれば、このような問題は解決するのですが。

選挙後の主な事務としては、25万枚のチラシと7万枚のポスターに証紙はり。多くの支援者のご協力で初日でかなりの量が終わりましたが、この労力を支持拡大の訴えに生かせれば、投票率ももう少しあがるのに。

何はともあれ、戦いの火ぶたは切って落とされました。

最初のピークは今週末、一気に証紙はりなどを終わらせたいと思います。

ご協力頂ける方は是非、メールを菅原までください。

naoxinfo@nao.tv

頑張っていきましょう!
posted by 菅原直敏 at 23:00 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月03日

明日よりいよいよ参議院選挙

いよいよ明日から参議院議員選挙です。

全国区挑戦を決めてから一ヶ月半、早いもので公示日を明日に迎えます。

再び挑戦する機会を作って下さった全ての方々に感謝です。

しかし、何故か実感がわきません。

本来ならここでしばしお別れのご挨拶ですが、ネット選挙解禁で、継続的に発信できます。

また、全国区なので、明朝にヨーイどんでポスターを貼ることもありません。

ただ、誰もいない事務所を眺めていると、色々な記憶が思い出されます。

残り17日間全力で駆け抜けてまいりますので、皆さんも是非ご参加頂けたらと思います!
posted by 菅原直敏 at 23:00 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月21日

【なぜ、菅原なおとしは「地方自治」という地味なテーマに拘るか??】

【なぜ、菅原なおとしは「地方自治」という地味なテーマに拘るか??】


菅原なおとしが訴える政策は様々ですが、その中でも特に「地方自治」というテーマを強く訴えてきました。

地方自治と言っても地味で実感もわきづらいためか、有権者には基本的に受けません。私を支援して下さる方の中には政策にうるさい人も結構多いのですが、その人達ですらこのテーマにはあまり関心を示して頂けません。

しかし、わかりやすく説明をしていくとその重要性を理解して頂けます。

なぜなら、「地方自治」とは、自分達のことをどのように治めていくのかという根本的な民主主義の問題だからです。

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今の国会に欠けているのは、「地方自治」に関する現場の実情も踏まえた住民自治への対応です。道州制のごとき自治体の枠組み論(団体自治)はダイナミズムを感じられ、興味深いことは事実ですが、住民自治との併せた議論なくして意味をなさないというのが私の持論です。

「地方議員を10年やってきたから」地方自治に造詣が深いわけではありません。地方議員として「地方自治というテーマに関心を持って活動をしてきたから」こそ、私は地方自治に対して的確な政策提言をできますし、国会でも即戦力であると信じています。

このことは、私の今までの議会での提案や数々の執筆物によってもご理解頂けると思います。

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なお、「地方自治」という言葉を便宜的に私は使っていますが、本来は「自治」の一言で済ませればよいと思っています。

どのような社会、団体、組織等の運営の根底にも「自治」が必要であり、ましてやそこに地方と国の区別などないからです。

私が基本政策の一丁目一番地に「自主憲法制定」をうたうのは、この「自治」という観点からです。他の条文における思想的な視点とはかなり趣を異にします。

自分達の国を自分達で治めているという意識を国民が持てた時、日本という国はより高みの成熟した国家になると信じてやみません。

その点において、地方を変えることは日本を変えるといえます。

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現在、党派を問わず、陰に陽に多くの地方議員の方々が私を応援してくれています。

私を応援して下さる地方議員の皆さんは、この日本の「自治」の問題点について意識を共有してくれている仲間達です。

地味かもしれませんが、この「地方自治」というのは私のライフワークであることを改めて宣言します。

●菅原なおとしのフェイスブックページはこちら
https://www.facebook.com/naoxkaeru
posted by 菅原直敏 at 17:07 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月01日

参議院全国区への雑感

参議院の全国比例区に挑戦することを決めて、この選挙制度対して感じた雑感です。

● デメリット
全国比例区のデメリットは、選挙制度が複雑なことです。

選挙制度についての理解が浸透していないため、政策を訴える前に選挙制度の説明をしなければなりません。どんなよい政策を掲げても、当選しなければ「絵に描いた餅」とはよく言われることですが、まさにそれを痛感します。

チラシの中にも選挙制度の説明に触れる部分に大きなスペースを割かねばならず、まるで選挙管理委員会の広報を行っているような感じです。


● メリット

全国比例区のメリットは、広く薄く日本全国に訴えることができることです。

小選挙区の場合は限られた選挙区から1人の候補者を選ぶことになるので、訴える政策も大衆迎合的になりがちです。

しかし、全国比例区の場合は、日本国全体にある一定の支持される政策がある場合はそれだけ訴えても当選する可能性があります。むしろ、全国比例区で当選している候補者の多くは、ある一定の利益を確保することを目的とした組織内候補が多いです。

ただ、その政策を広報する組織力や資金力が必要なことは難点ですが。



全国比例区という未知なる挑戦を決めて2週間経ちましたが、ようやく活動の方向性も見えてきました。

頑張っていきます。
posted by 菅原直敏 at 09:00 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月23日

身近になる政治

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【身近になる政治】

インターネットが普及する前まで、政治というのは非常に敷居が高いか、政治家の後援会員等一部の限られた人が接するものでした。

しかし、インターネットが社会インフラとして確立し、SNSやスマートフォンが普及することで、政治が以前と比較して格段と身近になっています。

例えば、フェイスブックをやっている議員がどんどん増えています。SNS上の仮想空間で議員とやり取りすることも容易です。

そういった意味では、フェイスブック上で「いいね」や「シェア」すること自体が政治参加と言っても過言ではないと思います。
posted by 菅原直敏 at 23:58 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月03日

憲法記念日

今日は憲法記念日。

法学部に入学したので憲法について結構深く学びましたが、法学部に行かなければ中学校で学んだ程度の知識で現在に至っていたかもしれません。

内容を変える場合はもちろんのこと(改憲)、今の内容を変えないにしても(護憲)、一度は国民の投票によって憲法を「国民が自主制定」する手続きをとるべきだというのが私の持論です。

この意味での自主憲法制定が国民が自立(自律)する第一歩だと考えます。
posted by 菅原直敏 at 18:16 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月31日

今年を振り返って

2012年がもう少しで終了します。

私は、今年最後の街頭演説を終え、実家の家族とゆっくり食事をし、自宅に戻ってきました。

皆さんにとってはどんな年だったでしょうか?

私にとっては、自分自身の政治人生に一つの幕を引く区切りの年でした。

衆議院総選挙への挑戦と落選です。

選挙結果への総括も終わり、落選後から毎日続けた「お詫び」の街頭活動も本日の中央林間駅での街頭活動で終了です。

この間、多くの方々から様々なご意見を頂き、自分自身の思いも反芻しながら、だんだんと自分自身が進みたい方向性も見えてきました。

本年は自分自身の人生で、最も多くの人達と関わり助けられた一年でした。

それらの全てのご恩に御礼を申し上げると同時に、年末を契機に新年からは前向きに進んでいきたいと思います。

今後とも私菅原直敏を宜しくお願い申し上げます。

良いお年を。
posted by 菅原直敏 at 22:55 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月03日

いよいよ公示

【いよいよ公示日】

9月21日に出馬表明をして以来、1日も休まず駆け抜けてきました。

いよいよ公示が迫ってきました。

残りの12日間、朝から晩まで寝る時間以外は休まず走り抜ける覚悟です。

活動を通じて多くの仲間を得ることをできました。

私にとっては最高の仲間達です。

毎日が感動の日々です。

でも、感慨に浸っている暇はありません。

直前になり選挙区の構図に多少の変化もあり、厳しい戦いであることには変わりはありません。

しかし、そのことが陣営の士気を高めてくれました。さらにもっと多くの人達が関わって下されば、小選挙区で勝ち抜くこともできると思います。

皆様におかれましては、菅原直敏の一世一代の大勝負にお力をお貸し頂けたらと思います。

なお、明日の公示日午前8時を持って政治活動にかかるネットの更新に一部制限がかかります。

今後は菅原直敏を応援する人達の集まるグループで「事務連絡」として活動の情報を共有していきますので、期間中の菅原直敏の活動を知りたい方は以下のグループに参加して下さい。

ひとまず、公示まで多大なる応援を頂きましてありがとうございました。

残りの12日間全力で駆け抜けて参ります。

菅原直敏
posted by 菅原直敏 at 23:00 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月25日

選挙におけるインターネット利用の解禁

民主主義の歴史が日本より短いお隣の韓国でも、民主主義の老大国のアメリカでもやっていることですが、選挙におけるインターネットの解禁は日本でも実現するべきです。そんなに難しい論点ではありません。選挙期間以外で、私が政治活動としてできることを選挙期間中にもできるようにすればよいだけです(+投票依頼行為をできるようにする)。

この程度の思想が関わらない一般的な論点すら決定できないところに、日本の政治の問題点を感ぜざるを得ません(きっと歯がゆい思いをしている国会議員の人も多いのでしょうが)。

是非、この程度のことは速やかに決めてしまい、もっと国家の大局的な議論に集中を。



ネット選挙運動解禁への課題は“国民の無関心”?――与野党議員と津田大介さんら議論
ITmedia ニュース 5月25日(金)11時51分配信
続きは、、、
posted by 菅原直敏 at 17:08 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

大きな誤解〜ダーウィンの言葉

以下の引用は、進化論に関連して、ダーウィンが言ったとされるものです。

「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」

平成13年の小泉純一郎総理の所信表明にも引用されましたし、事あるごとに経営者や識者が「ダーウィンの言葉の引用」として紹介していますが、事実ではないようです。

しかし、出典が何であれ、物事の1つの本質を表している表現であると私は感じます。

バブル経済崩壊以降は、この「変化」への対応をやめてしまったことが日本の衰退の大きな要因であると考えるからです。

苦しいけれど、挑戦を続けるような社会にしないと、成長はしていかないのだと改めて感じています。
posted by 菅原直敏 at 16:36 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

ツールとしての英語

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写真:Isidro "Jun" L. Hemedes, Jrカブヤオ市長、桂川将典北名古屋市議と懇談

日本人の全てが英語を使えるようになる必要はないかもしれないけれど、企業人や政治・行政関係者を中心にそれなりの立場にいる人のより多くが使えるようになる必要があると思います。特に政治に関わる人はこの現実を直視すべきであると考えます。なぜなら、詳細には触れませんが、その事が日本の社会にとって大きなプラスをもたらす事はあっても、さしたるマイナスを生じさせる事はないからです。ここでいう英語とは、ある目的を達成する為のツールとしての英語です。

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一週間の日程で、フィリピンのマニラに来ています。友人の北名古屋市議の桂川さんと自治体の首長・議員、大学関係者、政府関係者等、フィリピンの地方自治に関わるあらゆる人や機関を訪れる為です。

フィリピンは公用語が英語の国なので、上手か下手かは別にして、それなりの立場にいる人達は皆英語を解し話します。従って、地方自治体の人間であっても、即ち国際的なやりとりをすることは可能です。

フィリピンの人たちは英語を使える事で、国としても個人としても相当な強みを持っていると感じます。

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流暢、ペラペラ、ブロークンなど、日本人は英語の「話し方」に拘りすぎる気がします。しかし、コミュニケーションツールとしての英語に必要な事は、どのような「目的」を達成したいかという事だと思います。いくら流暢な英語が話せたとしても、自分の意図する事が伝えられなければ意味がありません。逆に、文法等が多少おかしくても、意図するところが伝わり、例えばビジネス等では契約がとりつけられれば、意味があるでしょう。

しかし、このようなツールとしての英語は、場数を踏む経験を積まなければ習得できないにもかかわらず、日本人の多くは話し方という形式に拘りすぎるあまり現場に出ず、ツールとしての英語を取得できない人が少なくないように思われます。

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善くも悪くも、政治の世界は人間関係がものを言います(ビジネスの世界も同じですが)。これは日本国内の政治に限った事ではなく、国際政治の舞台でも同じです。しかし、通訳を介している限りは、外国の政治家との率直な人間関係を築く事は困難です。もちろん、相手が日本語を話してくれればなんとかなるでしょうが、現実的ではありません。その際、最も広範に用いられているのが英語なのです。

日本は外交が下手と言われますが、国際的な人間関係を作る事が下手な事が相当影響していると考えます。最低限の英語も用いられない人間が大臣・国会議員・政府官僚や自治体の幹部クラスに見られるアジアの国は段々と少なくなっている気がします。あくまでも私の肌感覚ですが。

今回訪問したある町の副市長の家に招かれました。夕食に招待されました。彼はカラオケが大好きで、夜通し飲みながらカラオケを楽しみ、家に泊めてもらいました。上辺だけの人間関係から一歩前進しました。こういったことは通訳を介したらできないと感じます。

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外国の方で「私は日本語を話せます!」と自身をもって言う人がいます。実際に話してみると「こんにちは」と「ありがとう」と多少の日本語表現しか言いません。しかし、彼らは「話せる」と言い張ります。日本人の感覚からすれば信じられないかもしれません。

しかし、これを日本人に当てはめれば日本人のほとんどは英語を話せるということになるのではないかとも思います。そもそも「話せる」という概念自体が抽象的かつ相対的です。日本人の中には、文法的に誤りもなく、発音もアメリカ式又はイギリス式できれいに話せる事が「英語を話せる」と定義する人が多いのかもしれませんが、そのような人はネイティヴスピーカーまで含めても探す事が困難だと思います。

よく考えてみれば、私達日本人ですら、日本語を完璧な文法・語彙や発音で話しているわけではありません。今現時点だって、間違いを正しながら自分たちの言葉をブラッシュアップさせているはずです。いわんや英語をやです。つまり、日本人の多くは英語を話せるのです。もっと自信を持っていいと思います。

そして、私は「話せる」ということよりも「使える」ということを念頭において考えると良いと思います。例えば、フィリピンの自治体職員に自分自身の考えを伝えるためのプレゼンをすることになったとします。そうなるとここで重要な事はその内容がしっかりと相手に伝わってプレゼンの目的が達成されるかどうかで、英語が流暢に話せるかどうかではありません。その目的が達成できたのであれば、英語が「使えた」と考えてよいのではないでしょうか。

英語を使えるという目的に根ざした目標設定ができれば、英語学習の命題も明確になります。例えばゴミ問題のプレゼンをしようと思えば、それに関する単語や表現をピックアップし、あとはプレゼンの練習をすればよいのです。「話す」とう漠然とした目標設定よりも学習効率は高いでしょうし、何よりもある状況下で「英語が使えた」という経験こそが「英語が話せた」ということに他ならないのではないかとも思います。そして、その自信がさらなる高みに自分を押し上げてくれます。

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まずは、日本人の多くが簡単でもいいので、自分たちの国や地域の事を英語で説明できるようになるとよいかもしれません。そうすれば、海外に日本の良き理解者が増えていきます。できることからこつこつと。


posted by 菅原直敏 at 14:01 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

グローバルな視点が政策運営に不可欠な理由〜昭和の政策からの脱却



日本の政治関係者の間でグローバル化の話をすると、そうだと熱心にうなずく人とアレルギー反応のように拒絶する人の二通りの反応があります。日本社会のグローバル化の是非は議論があると思いますが、どのような立ち位置に立つにせよ、「グローバルな視点」は常に持っておく必要があると考えます。なぜなら、今日本の抱えている多くの問題は国内問題というよりも、世界の潮流と密接に関わる問題だからです。

特に、「失われた20年」と呼ばれるバブル崩壊から今日に至るまで、政治は明らかに日本社会をミスリードしてきました。この一つの大きな理由が「グローバルな視点」を持っていなかった(あるいは敢えて持とうとしなかった)ことであると考えられます。

もっと端的に言えば、依然として昭和の成功体験に基づいた政策を続けて来たという事が大きな過ちであると考えます。

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以下の2つの市街化地図を見比べてください。これはマニラ南部30キロ内にある郊外都市サンタローサ市の1980年代と現在の市街化区域の変遷です。

●1980年代のサンタローサ市域
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●2012年のサンタローサ市域
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1980年代は緑ばかりの田園風景であったにもかかわらず、高々30年間で工業・商業地域と住宅地域が増えた事が一目瞭然です。1980年代は数万人だった人口が現在は30万人を超えました。毎年2万人ずつ増えています。

この写真を見て勘の良い人であれば気付いたかもしれませんが、これは日本の1960年代から1990年代にかけての郊外都市の変遷とすっかりリンクします。20年遅れで日本の高度経済成長期のような発展を遂げている事がわかります。

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この工業化された地域の資本の8割が外資であり、36.64%という圧倒的な出資比率を持っているのが日本企業です。企業名を挙げると、トヨタ、日産、本田、パナソニック等、日本を代表する企業が進出しています。

しかも、進出年度はトヨタが1989年と最も早く、その後本田が1992年、日産が1998年と続きます。産業の空洞化が叫ばれて久しいですが、トヨタについては既にバブル崩壊前に進出しています。

このような都市がアジア各国には無数に存在します。つまり、日本の製造業に関わる労働者が減っていくのは、世界経済の潮流からすると当然の結果なのです。これは日本一国の政策どうこうで防げる問題ではありません。以下詳述します。

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神奈川県議会でも多くの議員が訴えるのは、日本はものづくりの国であり、技術は世界トップクラスである。だから、産業の空洞化を阻止して企業を誘致すべきであるという論法です。

確かに分野によってはこのことは当てはまると思います。しかし、この論法には大きく2つの落とし穴があります。全ての製造業を一括りにしている点と、世界経済の動向を加味していない点です。

そもそも、日本の高度経済成長期を支えて来た自動車産業や家電産業は、1990年代においてはさほど高度な技術を要したわけでもなく、日本で製造しなければならない理由がどんどん減ってきています。つまり、大部分の行程において日本人が労働者として製造しなければならないことがなくなってしまったのです。例えば日産のマーチは全てタイで生産されており、純外国産の車となりました。

そうなれば、必然的に労働力の安いアジア諸国に工場が移るのは、企業の効率的運営の観点からは至って当たり前の事です。というよりも、それが世界経済の流れです。これは多少の法人税の上げ下げでどうにかなるようなものでもありません。

しかし、日本政府や自治体は、企業の海外進出=産業空洞化=悪という画一的な考え方の下、失われた20年の間も1980年代以前の産業政策を継続してきました。これは、世界経済というアマゾン川の流れに、手漕ぎボートで上流に向かっていくようなものです。

政府も自治体も未だに自動車産業主体の政策に固執した結果、ついにはエコカー減税等という補助金を入れなければ国内で成り立たない産業になってしまいました。補助金漬けで生きながらえている農業のようになったとも言えるかもしれません。

そして、経済政策として注力する分野を誤った為に、この20年間、国際的競争力を持って戦える新しい産業が日本には、国民を食べさせられる程、育っていません。

余談ですが、自動車産業の裾野が広いというものの、この産業に傾注しすぎるのは相当なリスクです。電気自動車が普及すれば家電のようにより企業の産業障壁は低くなり、あっという間に日本企業の優位性が失われる可能性もあるからです。

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そして、1980年代以前の産業政策を前提としていたため、日本の教育もそれに沿った人材を育成するままできました。さらには、世界の子ども達がグローバル化の流れの中でしのぎを削っている間に、「ゆとり教育」の名の下、世界の教育の流れに逆行するような人材育成を行うようになりました。

その結果、現在では就職先があるにも関わらず日本人が就職できないという状況がここ数年見られるようになりました。日本企業ですら外国人留学生を採用するようになったのです。これは少なくとも企業に就職するという点において、日本の教育の方向性に一部誤りがあったということに他なりません。

特に優秀な人材においては、国境を関係なく就職する事が当たり前になっているという「グローバルな視点」が政治にあったならば、この20年間で行うべきだった教育は違っていたと思います(特に日本を引っ張っていく優秀な人材については)。

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ビルゲイツの「Success is a lousy teacher. It seduces smart people into thinking they can't lose.(成功は最低の教師だ。出来る人をダメにしてしまう。)」という格言が思い出されます。

現在の政治を中心で動かしている人には色々な既得権が邪魔をするのかもしれませんが、もう昭和の成功体験を追いかける事をやめる時期だと考えます。放置した期間が長かったため、痛みも大きいかもしれませんが。
posted by 菅原直敏 at 22:00 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月26日

NPO法成立から10年経って、、、

NPO法制定から10年が経ちました。

日本でもようやく、非営利民間セクターにおける活動も活発化し、若者の中にもそういう選択をする者も増えてきました。

Facebook等のソーシャルメディアの発達もそのような動きに拍車をかけているように思われます。

しかし、このように非営利民間セクターの活動が目に見える効果を生めば生む程、地方議会の現状とのギャップに戸惑います。

社会を変えると意気込んで議会に入った若者も、成果問わずもらえる高額報酬と役人からのよいしょ攻めで、どんどん腑抜けになります。気付いたら壮大な社会変革のミッションはどこへやら。

また古い慣例にとらわれ、まともな意思決定もできず、スピード感もない組織運営は破綻しています。

こういう議会や議員の現状に対して10年前から意義を唱えて様々な改革の提案を行っているのですが、多くの議員はこのような現状をおかしいと思わないのでしょうか???

惰性に流される議員の多さにはあきれるばかりです。

ちょっと言い過ぎかな???

そんなこんなで段々と自分の活動における非営利民間セクターの活動の割合が増えている今日この頃です。少しでも社会を変えたいので。

私の抱えている焦燥感が帯状疱疹を悪化させる(>.<) 何故か、薬も切れた、、、
posted by 菅原直敏 at 23:09 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月11日

空港と日本

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帰りは直行便ではなく、マニラ経由の飛行機で帰りました。直行便が空いていなかったためです。日本からセブへの直行便は現在フィリピン航空しか扱っていません。これだけ日本からの投資環境が整っているにも関わらず直行便はどんどん廃止されたようです。

航空会社の経営方針があるのかもしれませんが、もう少し日本の将来を見据えた空路の確立ができないものかと感じます。

そして、相変わらず都心部まで遠い成田空港。

成田空港の建設の経緯はあるのかもしれませんが、900万神奈川県民はいつまでこの不都合を受け入れなければならないのでしょうか。

大局的な観点からすると、日本の航空行政・戦略は明らかに世界レヴェルから取り残されています。
posted by 菅原直敏 at 22:22 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

敬老の日

今日は敬老の日ですが、敬老会の類への政治活動は一切ありません。ただ、88歳になる祖父と昼食を食べました。耳も遠くなりましたが、食事は私の食べる量と変わらず食べてくれます。

4人いた祖父母もたった一人になりました。長生きをしてほしいものです。

でも、実は遠く輪島には曾祖母が健在です^^

こちらはちょっと気軽にはいけませんねA^^;;
posted by 菅原直敏 at 00:00 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

東北地方太平洋沖地震について

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震において亡くなられた皆様にお悔やみを申し上げると共に、被災された皆様にお見舞いを申し上げます。

私事になりますが、私自身は大和出身ですが、菅原家のルーツは岩手県南部から宮城県北部であり、私の父親や祖父母は岩手県及び宮城県の出身です。特に今回の震災で多大な被害を被った気仙沼市は私の大好だった祖母の出身地です。4年間、県議としての仕事を終えたことを報告するために、11日の夜の新幹線で岩手に向かい、祖母のお墓参りに行く予定でした。東北地方は私の第二の故郷であり、今回の被災地にも親戚は少なくありません。

コンビニや街頭等、様々な場所で義援金の募金活動が行われています。是非、皆様のお力を東北地方で頑張る被災者の皆様の為に頂けたらとお願いを申しあげる次第です。
posted by 菅原直敏 at 00:00 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

神奈川県知事選挙に関する報道について

本日、「32歳菅原氏が神奈川知事選出馬へ」と題する記事が一部で報道されました。

結論を申し上げますと、現時点において私が知事選に出馬を決めた事実は一切ありません。情報ソースも関係者とあるのみで私ではありません。

現在は、定例会の真っ最中であり、議会審議に集中しております。

松沢知事の都知事選転出により、現在の神奈川県政は一種のカオスのような状態にあります。様々な情報が錯綜して、このような報道になったのだと推察します。

どんなことでも報道をして頂けることはありがたいことではありますが、今回の報道に関しては以上の通りです。

自分の進路に関して色々と考えを巡らせることもありますが、いつも通りマイペースで進んでまいります。
posted by 菅原直敏 at 07:09 | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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