2015年03月21日

「介護」「認知症」への関心の高さ〜日本の逆境をチャンスに

「おはようございます。菅原です。活動報告を配布しています。」

12年間、私が24歳の市政挑戦時代から続けている、大和市内各駅の街頭活動のワンフレーズです。そして、最近の1〜2年、明らかな変化を駅頭で感じるようになりました。

人が減った

という変化です。

12年間、街頭で配布した報告紙の枚数を記録し続けてきていますが、受け取って頂く割合は変わっていないにも関わらず、配布できる絶対数が全ての駅で確実に減っています。各駅の乗車数の推移を見ても、減少に転じている駅が出てきています。

団塊の世代がみな65歳を越えたということが、最も大きな要因ではないかと分析しています。大和市で最も人数の多い世代が、日常的に電車を使用しなくなった為です。

思い起こせば、私が市政挑戦を決めた平成15年、父(昭和23年生まれ67歳)は県職員として現役であり、鶴間駅では父親に報告紙を配布するという少し気恥ずかしい経験もしたものです。しかし、当時54歳だった父も現在は67歳になり、パーキン総症候群という難病にかかったという不幸があったとはいえ、介護認定を受けるようになりました。

もう一つ大きな変化を駅頭で感じています。報告紙を受け取らずに過ぎ去っていく人の中に、以下のフレーズを聞いたとたんに、階段を駆け下りてきて受け取ってくださる人が顕著に増えたことです。

そのフレーズは、

「今回のテーマは介護です。」

です。

普段、政治に無関心な住民の方が、ある特定のテーマで関心高くやってくるのは、市議時代に取り上げた「ゴミ有料化」以来の経験です。

自宅のポストに入ったチラシや、様々な情報から、私が介護をやっていることを知っている方も増えてきて、街頭で介護にかかるご相談やご意見(時には愚痴)などを頂くことも明らかに増えてきました。

統計的にみると、この12年間で起きた以上の変化が今後10年程度でやってきます。団塊の世代がみな75歳を迎える「2025年問題」というものです。

団塊の世代の人からすれば、「〜問題」と括られてしまうのは不本意かもしれませんが、やはり日本の内的危機が迫っていることは事実です。

社会保障費の増大の問題は、財政や経済等日本が健全な国である為に必要な諸政策と表裏の関係にあります。

私は今回の県政挑戦を通じて、次なる政治人生をスタートさせることができるならば、この日本の抱える大きな問題に対して、最も熱心に取り組む人間の1人でありたいと考えています。

そして、この逆境をチャンスに変えていきたいと強く信じて活動しています。

千里の道も一歩から
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2014年07月06日

最近の政治的なトピックへの雑感(たまには毒舌もお許しを)

1. 都議会のヤジ問題

● 論点の整理

「野次の内容の是非」と「野次の是非」の問題は別の論点であり、切り離
して議論されるべきではないだろうか。どこか混在しているような印象を
受ける。

● 日本男児の常識

野次を受けた都議が外国人記者クラブで会見し、「日本男児の『大多数』
が、野次の内容のような差別的意識を持っている」かのように世界発信さ
れてしまったようだが、野次をした都議の活動履歴(尖閣諸島に上陸すると
いう公人としては常識はずれな行為等)からも分かるように、彼こそがむし
ろ日本男児の例外的意識保持者であり、日本男児の多くはそのような意識
を持っていないことを私は世界に発信したい。今回の問題がここまで大き
くなったのは、女性達が声をあげたことだけではなく、むしろ男性の中に
もこの発言に対して違和感をもつ人々が多かった証左である。

● 地方議会の文化
「野次の是非」は、「地方議会の問題」ではなく、各地方議会の「議会文
化の問題」である。かつて私が所属していた当時の大和市議会では野次の
類いは一切なく至って平穏であり、むしろ拍手をしただけでベテラン議員
ににらまれた同僚がいたくらいだったが、逆にその次に所属した当時の神
奈川県議会は野次だらけの議会だった。それくらい議会によって野次に対
する議員の意識は違うものということだけは理解していれば、「地方議会
の問題」としては議論されないはず。

● 野次禁止の論拠
「野次の是非」について、禁止すべきという人の中に「民間の会議ではあ
り得ない行為だから」ということを論拠とする人がいる。私はこの論拠は
少し乱暴だと考える。民間の会議と議会が必ずしも100%同じものであるわ
けではないからだ。今はインターネットでも議会中継をしている議会が大
半なのだから、自分の目で議会を見た上で、しっかりとした論拠をもって
そのような結論にするべきでないだろうか。そうであればどちらの結論で
あっても説得力がある。いずれにせよ、普段まったく注目されない地方議
会に対して多くの耳目が集まったのだから、これをきっかけに一般の人に
は自分の地域の地方議会を是非傍聴して欲しい。悪いところばかりでもな
いですよ。

● 神奈川県議会

県議会では定例会ごとに傍聴者へのアンケートをとっている。その中で悪
かった点として出ているのが「野次」だ。議員の中でもこの内容を真摯に
受け止めている人が少なかったと思われる為(多分アンケートをとっている
こと自体を知らない議員も少なくない)、今まで改善されてこなかったが、
今回の都議会の件は他山の石にするべき。

● 現職時代
県議時代、傍聴に家族や知人を連れてきて最も残念な経験は、皆決まって
「野次のひどさ」を挙げることだ。それは「野次の是非」というよりも「野
次の内容の程度の低さ」だった。自分が野次を受ける側でも、或いは横で
聞いている側でも、人を小馬鹿にしたりちゃかしたりする野次は気持ちい
いものではない。まして、初めて傍聴に来て、それらを聞いた県民は失望
するだけ。

● ワイドショー
この野次の問題は確かに大事な問題だと思うが、少しお祭りのように騒ぎ
過ぎのような印象を私は持った。確かに男性都議の発言は許されるもので
はないが、一地方議会における議員の発言に対する謝罪をあれほど多くの
マスメディアのカメラの前で「さらし者的」に行う必要があったのだろう
か。百歩譲ってそれが重要だとしても、その一方でこの問題の大切な本質
が解決を見ないまま葬り去られようとしていることの方が問題だ。この問
題を契機に全国の地方議会に蔓延するこのような膿(セクハラ・パワハラの
類)を出し切るようにすべき。このままでは、佐村河内守氏、渡辺喜美氏、
小保方晴子氏の問題が単なる個人バッシングで終わってしまったのと同じ
道だ。最近の日本人はストレスが溜まっているのか、このような徹底的な
個人バッシングが非常に受けるようだ。単なる個人攻撃だけでは、何の問
題も解決しない。

2. 岐阜県の最年少市長逮捕

● 逮捕≠有罪

大学で法律を専攻する際、徹底的に体に叩き込まれる概念が「無罪の推定」
或いは「疑わしきは被告人の利益に」だ。これは憲法第31条に基づく。従
って、法律を専攻した者にとってみれば「逮捕≠有罪」となる。しかし、日
本のマスメディアの報道は「逮捕=有罪」と視聴者が誤認するような形でな
されることが大半だ。このことは人を社会的に抹殺するには十分であり、あ
る種の社会的テロと言っても過言ではない。特に政治家は人気あって成り立
つものだから、致命的だ(無罪となりしも、政治家として死す)。集団的自衛
権の関係で憲法について論じることが多い昨今のマスメディアだが、憲法は
9条だけではない。第4の権力者という意識を持って、日本国憲法の人権意
識に則った報道姿勢を示すべきでは。特に今回の件では本人が否認している
のだから、そのことについても同程度の時間や紙面を割いて報道すべき。

● 若いからダメ

ニュースバリューを上げる為に、「『最年少市長』逮捕」という見出しを掲
げるマスメディアが大半だった。こういう時に決まって出るのが「若いから
ダメなんだよ」という論調。もちろん若さ故の未熟さや経験不足があるこ
とも否定しないが、それでも問題なく自治体を運営している市長は神奈川
県内だけ見ても少なくない。また、統計的に見れば問題を起こしている政
治家の大半は壮年以上。この件が全国で頑張っている若手の政治家の足か
せにならないことを祈る。

※ちなみに、私は当該市長とは面識は一切ありません。

3.兵庫県議会議員の号泣記者会見

●どのような世界にもおかしな人はいる

兵庫県議会議員の号泣記者会見が、国内のみならず世界に発信された。
有権者の全てが真剣に人や政策をみて投票行為を行っていない以上、あの
ような人が議会に入る余地は多分にある。私自身も人間として「?」がつ
く議員にお会いすることも時々ある。

ニュースバリューが高いため、世界配信までいってしまったが、次の西宮
の有権者が評価すること。

どの世界にも一定数いるおかしな人をとりあげて、その世界の一般的な問
題のように取り上げることだけは避けるべき。

以上
posted by 菅原直敏 at 13:09 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月28日

政策集を配る

政策集を配布する

事務所にあった政策集が1000部なくなりました。集会や街角でも政策をより知りたいとお話を頂いた方にお渡ししています。今回も参院選に向けて、活動チラシは何十万枚と配布しましたが、私はこの政策集を1,000人もの方々に意思を持って受け取って頂けたことを嬉しく思っています。

それは、私の理念・政策をより深く理解して頂ける方が増えていることに他ならないからです。

特に、参議院全国区はチラシの内容や演説や集会での話も半分以上が選挙制度の説明に終始し、政策を伝える機会が通常の選挙と比べても格段に少なくなります。政策中心で活動をしてきた私としては、政策集を作ることでその分を補ってきました。

政策集の内容については賛否はあると思いますが、これが私の考えるおおよその方向性です。ただ、それでも20ページという限られたスペースで表現していますので、抽象的な部分もあることは否めません。

さらに菅原を知りたいという方は、是非対話の機会にご参加頂けたらと思います。期間中にはスクエアも開催したいと思います。

公示日が来週に迫ってきました。現在全力疾走中です!

政策集 
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2013年06月16日

マンションの管理組合と住民自治

今年から自分の住んでいるマンションの管理組合の理事長を務めています。

私は以前からこの管理組合はまさによい自治の現場だと捉えています。

管理組合は、組合員(≒住民)の管理費によって予算組をして、共同住宅の管理を行っていきます。自分達の身近な財産の保全に関わるだけに、住民による自治の実感がわきやすいのです。

自分達で主体的に維持していこうという組合の場合は、管理のあり方もしっかりと議論され、適正な形でマンションが維持されます。逆に、住民の自治意識が薄く、管理会社に丸投げするようになると、運営に無駄が生じたり、管理費の滞納などで財政が立ちゆかず、外壁の補修すらもできない状態になったりします。

規模が大きなマンションであれば、予算は億単位にもなります。当然、緊張感もあります。

自己責任、住民の意思が結果に反映されるといった点を考えると、まさに住民自治の現場であると考えます。
posted by 菅原直敏 at 08:06 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月06日

コミュニティバスのジレンマ

「社会的ジレンマ」という概念があります。これは心理学用語で、社会において、個人の合理的な選択(すなわち個人的合理性)が社会としての最適な選択(すなわち社会的合理性)に一致せず乖離が生ずる場合の葛藤(ジレンマ)のことを言います。


●コミュニティバスの存在意義

 大和市にはコミュニティバスが運行されています。電車やバス路線が密に走る大和市ですが、その公共交通の恩恵に受けられない地域の住民の移動手段(特に高齢者等の社会的弱者)を補完する目的で導入されました。私が市議会議員の時代の事です。

 つまり、大和市におけるコミュニティバスの存在意義は交通不便地域の解消です。

 料金もワンコインの100円ということもあって、住民の方にはおおむね好評です。但し、当然のことながら赤字事業です。なぜなら、民間のバス路線が採算をとれない場所に導入されるからです。

●広がる導入要望

 現在、大和市では多くの地域でコミュニティバスの導入要望があります。確かに、交通不便地域もあるのですが、それ以上に自分達の地域は民間バスの正規料金(100円以上)払っているが、コミュニティバスの方が安くてよいので導入して欲しいというご意見も少なくありません。当然のことながら後者の場合は民間事業者と競合することになりますし、そもそもコミュニティバスの存在意義との整合性がとれません。

 しかし、そのようなご意見にも全く理がないわけではありません。なぜなら、交通不便地域と呼ばれる地域の中にはモータリゼーション化の流れの中で住民自らがそのような状態を作った地域も少なくないからです。つまり、不採算路線が廃止されたことによって、逆に料金の安いコミュニティバスが走るといった現象も見られます。

こうなると税金の公平な負担という観点から疑問が生じるのは無理もありません。ただ、この不公平の解消のために、既存のコミュニティバス路線の採算性をあげるために料金を上げようという方向ではなく、自分達の地域にも料金の安いコミュニティバスを誘致しようという方向に向かってしまうところに、コミュニティバスのジレンマがあります。

●議員によるジレンマの拡大

 このような地域住民の要望を受け、コミュニティバスの路線拡大を求める市議会議員は後を絶ちません。地域選出の議員にとって、地域の要望を取り上げることは自分の選挙のことを考えると非常に合理的な行動です。しかし、コミュニティバス導入要望の多くは、その存在意義と適合しないから採用されないわけであり、ここを無理に導入しようものならば、市全体の利益が損なわれます。

 まさに冒頭に紹介した「社会的ジレンマ」の状態がここに見られます。


●市民による試行錯誤

 そのような中、市のおかれている状況をしっかり理解し、建設的な行動をとる市民もでてきました。例えば、地域の自治会などを巻き込んで乗り合いバスを地域で運営する手法やワンコインではなく採算をとれ市民が支払える最大限の料金設定を検討した上で導入しようとする等の動きです。

 私はこのような動きを応援したいと思います。今の日本人の多くに必要なことは「依存」ではなく「自立」精神に基づく行動であると考えるからです。

 国も地方も多くの社会的ジレンマを抱えています。議員はこのようなジレンマを助長するのではなく、社会全体の利益を考えジレンマを解消することだと考えます。
posted by 菅原直敏 at 20:39 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月01日

技術の進歩と議員の勉強

ソーシャルメディアと呼ばれるツールが流行っています。Facebook、LINE、Twitter等プラットフォームは様々ですが、既に多くの人達の生活に浸透しています。例えば、Facebookは1,000万人以上、LINEは2,000万人以上の利用者が日本国内でいます。

ここで重要なことが一つあります。それはこのように国民の多くが用いるツール(技術)が出て来た場合に、自分自身の私生活にそれが必要かどうかは別にして、議員はそのツールについて知ろうとする努力が必要であるという事です。

最近、LINEの勉強会を同僚の久坂議員とともにITに詳しい方にお願いして開催しました。LINEが流行するにつれ、多くの犯罪もLINEを通じて発生するようになりました。従ってLINEというツールが何たるかを理解せずして、その現象を把握する事は困難です。

勉強会を通じて理解した事は、非常に便利なツールであると同時に、犯罪やいじめに応用する事も容易なツールであるという事が私と久坂さんの一致した意見でした。

めまぐるしく変わる世の中において、何を選択するかは各個人の自由ですが、議員はそれらの市民の選択について把握しておく事が求められると日々痛感します。
posted by 菅原直敏 at 08:04 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月24日

シンプル イズ ベスト

前回2回に渡って税制の簡素化について取り上げましたが、私は税制も含めた全ての法律や諸制度を「全国家及び自治体運営に支障のない範囲内で最大限に簡素化すべきである」と考えています。

ここには議員及び雇用主としての経験がその思いの根底にあります。

●議員としての経験〜標準的な人間が理解できない制度設計

私は小学校から高校まで公立学校で教育を受け、私立の4年制の大学を卒業しています。特別優秀なわけではありませんが、日本人としての教育水準としては標準的なレヴェルには達していると思います。

また、議員ですので普通の社会人の方々よりも国や地方自治体の諸制度に触れる機会も多いですし、学ぶ機会にも恵まれています。

しかし、そのような私が社会保障や税制等の基本的な部分全てを把握しているかと問われたら、答えはNOです。これらを理解しようと思ったら、相当時間を割いて専門的な勉強をしなければなりません。

多分、国会議員ですら税制や社会保障の全容を理解している人は少ないのではないでしょうか。

私達が不勉強であったり頭が悪いわけではなく、身近なことを規定する法律や諸制度が一般人が理解するには複雑すぎるのだと考えます。私達に身近な税制や社会保障がこのような理解するのに困難な状態であることは、非常に問題があると思いました。


●雇用主としての経験〜煩雑すぎる手続き

県議会議員になってから、政策スタッフを雇っています。当然ですが社会保障や税も含めて完全な状態で雇用しています。そんな私が毎年憂鬱なのは6月頃にやってくる被用者の税や社会保障にかかる手続きです。

専門家に頼まず自分自身で手続きをやっている雇用主であれば理解してもらえると思うのですが、全ての手続き内容が煩雑で、おおよそ真面目に税金や社会保障費を支払う事を拒絶しているかのような制度設計です。

このために、税務署や社会保険事務所は非常に多くの問い合わせを受け、その対応に多くの人件費や事務費を費やしている事は想像に難くありません。

●専門家がいない事が理想

誤解を恐れずに極言すれば、弁護士、税理士、社労士など専門家が必要なくなるくらい簡素な制度があれば理想的です。複雑な制度は、一部の専門的な知識を持つ人間を富ませ、弱者を逆に虐げます。

消費税が常に国民の争点になり続けるのは、簡素でわかりやすい税目だからです。即ち、他の諸制度も消費税のようにわかり易い設計になれば、国民はもっと民主主義を通じて適切な判断をすることができるようになるでしょう。

官僚主導の国家運営を打破する為には法律・諸制度の簡素化は非常に重要な論点であると考えます。

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2012年08月14日

ビールは高級品??

メールマガジン(携帯版・PC版)を発行しています。以下の文章は、メルマガ「カエル通信」からの抜粋です。
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 ビールは高級品と言ってピンと来る人はどのくらいいるでしょうか?

 多分、多くの人にとってビールは庶民のお酒ではないかと思います。多くの人が飲み屋の最初に生中を注文することからもその事は伺えますし、実際日本で消費されるお酒の6割以上はビールです。

 しかし、戦後間もない頃ビールは高級品だったそうです。氷の冷蔵庫で冷やしたビールをありがたく頂くという経験をされた方は年配の方には少なくないと思われます。


●世界一高いビール税

 ところで、日本のビールにかかる酒税は世界で最も高い部類に入ります。しかも他のお酒と比較してもその税率は突出して高いのです。世界の酒税を見渡すとたいていアルコール度に比例して税率を決めたりするのですが、日本の場合はそれほどアルコール度数の高くないビールが、アルコール度の高い他のお酒よりも税率が高くなっています。

 ビールの税率が高い理由は、「ビールが高級品である」からです。

 平成19年に参議院に提出された質問主意書で以下のやり取りがなされています。

問い:ビールは当初高級品であったため高い税率が課せられていたが、政府は今でもビールは高級品との認識を持っているのか明らかにされたい。

答え:我が国においては、ビールを含めて様々なアルコール飲料が販売されてきており、その中で一概にビールが高級品か否か判断することは困難である。

 財務書の役人の方々は「ビールが高級品か否か」の判断もつかない。つまり、ビールは依然として高級品であるという立場をとっています(もちろん意図的にですが)。

●発泡酒を生み出した日本の愚かな税制

 「ビールと間違える程のうまさ!」

 これは、ある発泡酒(第3のビール)の宣伝のうたい文句です。そうみんなビールを飲みたいにも関わらず、「ビールと間違える」飲料を飲まなければならない現状があります。

 発泡酒(第3のビール)とは、日本の酒税の仕組みの隙間をつき開発されたビール類似飲料です。もちろん、世界に発泡酒というお酒は存在しません。ビールを飲めばよいからです。

 しかし、1990年代半ばビールメーカーはビールに分類されないビール類似飲料の開発に力をいれました。少しでも値段の安いビール類似飲料を作る事で消費者によりそれらを購入してもらおうと考えたからです。

 ビールと発泡酒の製造コストには大差はありません。値段の差は税金です。ビールの税金が安ければ発泡酒というお酒は開発される事はなかったでしょう。

 ただ、これだけ一生懸命開発された発泡酒も世界ではまったく売り物にはなりません。ビールを飲めばよいからです。つまり、各企業ともグローバルに事業を展開しなければならない時期に、日本の歪な酒税のために国内でしか売り物にならない発泡酒というお酒の開発のために無駄な企業努力をすることになったのです。

 なお、その後財務省の想像以上に発泡酒がヒットし、発泡酒の税率も後に引き上げられました。

●酒税の問題点

 酒税の問題点は以下です。

・ 徴税趣旨の歪曲
・ 企業努力の疎外
・ 政治の役割低下


まず、徴税趣旨の歪曲については、とりやすいところから税をという発想が問題であると考えます。ビールは高級品ではなく、従ってビールにかかる酒税が高い理由もありません。徴税趣旨を歪めてまでビールに高額の税率を課す事は、やり過ぎです。

次に、企業努力の疎外については、歪んだ税制を作った為に、企業の健全な努力を疎外し、結果的に国家的な不利益を招いています。

最後に、政治の役割低下については、結局官僚の税制に対する恣意的な制度設計や運用を許して来たのは政治かその人達です。なんでも官僚に任せるのではなく、自分達で考え制度を設計するべきです。国民の声を聞けば「ビールが高級品」でないことくらいわかるはずです。

 以上、ビールにかかる酒税の問題点を指摘すると同時に、やはり税制はシンプルであるべきという事は改めて強調したいと思います。
posted by 菅原直敏 at 19:46 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月10日

税制をもっとシンプルにしよう!

メールマガジン(携帯版・PC版)を発行しています。以下の文章は、メルマガ「カエル通信」からの抜粋です。
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税制をもっとシンプルにしようという「税制の簡素化」は私自身がずっと訴えていることの1つです。

 最近、消費税の税率の議論の中で食料品にかかる税率を据え置く「軽減税率」議論がなされていますが、基本的に私は軽減税率の導入は避けるべきであると考えています。なぜなら、軽減税率を導入することで税制が複雑化し、様々な点で非効率を生みだす可能性が高いからです。なお、消費税の逆進性対策としては、所得税や社会保障の給付の分野で対応する方が効率的かつ効果的であると考えます。

さて、私が税制の簡素化を提案する理由は大きく分けて3点です。国民の税制に対する理解の促進、徴税コストの低減及び民主主義の深化です。

●税制に対する理解の促進

 皆さんは日本の税金の種類がどのくらいあるかご存知でしょうか?また、税体系を理解しているでしょうか?多分、ほとんどいないのではないかと思います。実際、神奈川県の税理士の方々と意見交換をする機会を先日頂きましたが、税の専門家である税理士ですら日本の税体系の全てを把握することは困難だそうです。

 制度が難しくなればなるほど、私達国民は相対的に不理解な状態におかれます。無知な人間には付け込む人がいるのが世の中の常です。役人や一部の政治家はこの国民の無知に付け込んで、国民に不利益を被る税徴収を行うこともあります。その対象は主に弱者です。

 また、複雑になればなるほど、専門的な知識を持つ人間が法の網をかいくぐり不当な利益を得ようとします。お金を持っている人ほど、税や法律の専門家を使って税逃れをしようとします。かつて総務大臣まで務めた方の中にも住民票を国外に移すなどして節税対策をしている人がいましたが、残念ながらお金と知識がある者が徴税を逃れています。

 税制が簡素化されればされるほど、このような不公平は是正されます。


●徴税コストの低減

 税目が多ければ多いほど、また税の算出方法が複雑であればあるほど、税の徴収にかかるコスト(人件費や事務費)は増大します。税の徴収コストは税金です。従って税制を簡素化すれば、税金が安くなることになります。

 例えば、自動車関連税は自動車税、自動車取得税及び自動車重量税の3税あります。これらの3税は納付対象・時期等異なりますが、これらを一本化して自動車を取得した際や車検の際に徴収するように一本化すれば、各県にある自動車税事務所は不要になります。

余談ですが、自動車に関する税金がここまで多岐に渡るのは日本くらいですし、最も滞納が多い税金の1つもこの自動車関連税です。

自動車税以外でもこのことは当てはまります。さらに、社会保障分野等も含めて制度の簡素化を行えば、その経費節減効果は相当なものになります。税収や保険料収入等、国の収入に関わる収入を一括で徴収する省庁を作ろうという「歳入庁構想」はまさに税の簡素化の具体的な政策の1つです。


●民主主義の深化

 税金がどう使われるかに関心を持つことから住民自治が始まると強く訴えるのは、片山善博元総務大臣です。これは卓見です。

 元来、王様が自由に税目や税率を決められていた時代に、この権限を国民の手でコントロールしていこうという理由で始まったのが議会制民主主義です。つまり、税こそが民主主義の根幹と言えます。

 しかし、税制が複雑すぎて、国民はこの民主主義の根幹の議論に参加できなくなってしまいました。消費税が話題になるのは、そのわかりやすさからですが、消費税は税体系の一部でしかありません。

 従って、税制を簡素化すればより多くの国民が税制を理解し、民主主義の根本的な議論に対してより適切な判断を行っていけるようになるでしょう。民主主義が深化します。


●朝三暮四

 朝三暮四という諺があります。中国、宋の狙公(そこう)が、飼っている猿にトチの実を与えるのに、朝に三つ、暮れに四つやると言うと猿が少ないと怒ったため、朝に四つ、暮れに三つやると言うと、たいそう喜んだという「荘子」斉物論などに見える故事に由来します。これが転じて、目先の違いに気をとられて、実際は同じであるのに気がつかないこと。また、うまい言葉や方法で人をだますことを言います。

 今の日本人はまさにこの故事に出てくるお猿さんではないでしょうか。例えば、消費税の軽減税率も導入を提案する政治家でさえ、弱者救済としての効果が限定的であり多くの問題を抱えていることは知っています。よりより提案は多少分かりにくく、説明が必要です。

しかし、国民が税について知らない状態である限り、政治家がこのような小手先のごまかしの議論を提案するのもやむを得ないのかもしれません。

従って、国民が不理解な状態にいなければならない税制の複雑性を解消して、税制を国家運営や自治体運営の目的を達成できる範囲で最大限簡素化していくことが必要であると私は考えています。
posted by 菅原直敏 at 05:27 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月18日

知らない罪、知っている功〜高次脳機能障害、アスペルガー症候群等

 2月の下旬に患った帯状疱疹もようやく治ってきました。早期発見早期治療、痛みは最初から少なかったので、比較的平穏に生活を送る事が出来たのが幸いでした。

 帯状疱疹にかかって感じたのは、意外とかかった事がある人が周囲に多かった事と、一方でかかった事がない人はこの病気について明らかな誤解をしている方が少なくなかった事です。主立ったところでは以下のような感じです。

 年配者がなる病気→若い人の罹患も増えているそうです。
 性病である→それは性器ヘルペスのことです。
 一生で一度しかならない→何度も罹患する人もいます。
 一過性→「帯状疱疹後神経痛」という後遺症で何十年もペインクリニックに通う人もおり、そちらを防ぐ事も大切です。

 私が今回帯状疱疹にかかったとすぐ把握できたのは、その前提となる知識を持っていたからです。数年前に家族が帯状疱疹にかかり、色々調べたため帯状疱疹に関する知識をもっていました。そのため、初期の普通の人であれば皮膚のかぶれと片付けてしまう段階で、少し大事だと思い病院に行きました。

 帯状疱疹という病気を知らないばかりに、単なる痛みの伴うかぶれと勘違いし放置した為に、症状が悪化し、後遺症の残った人もいます。

 また、知識があったり経験をしたりしていることが重要であると感じる場面もありました。帯状疱疹は顔等に出ない限りその症状は把握できません。従って、帯状疱疹にかかった事のない人は意外と相手の症状を軽く考えがちです。しかし、罹患した事のある人や知識のある人は、真剣な顔をして議会に来ていて大丈夫と心配をしてくれました(私は軽少のため問題はありませんでした)。

 正しい知識と理解が、自分を救うだけではなく、相手を助けるという好例であると感じます。

●高次脳機能障害

 「高次脳機能障害」という障害をご存知でしょうか。高次脳機能障害とは、様々な定義の仕方があるようですが、病気(脳卒中)や事故等が原因で脳損傷し、言語・思考・記憶・学習・注意等に機能障害が起きた状態をさします。

 私がこの障害を知ったのは今から8年程前の事です。私の意見交換会に来た女性の弟さんが、事故が原因で高次脳機能障害にかかった体験談を伺い、この病気に対する理解を深めて欲しいと言われた事からでした。

 この経験から私は高次脳機能障害という障害がこの世にあることを知り、多少の理解を得る事で、社会にいる高次脳機能障害とる行動を理解して接する事ができるようになりました。

●アスペルガー症候群

 アスペルガー症候群という障害があります。こちらは比較的認知度も上がってきたように思われますが、依然として理解がない人も少なくありません。アスペルガー症候群も様々な定義がありますが、文部科学省によると知的発達の遅れを伴わず,かつ,自閉症の特徴のうち言葉の発達の遅れを伴わないものであるとされています。具体には、他人との社会的関係の形成の困難さ、言葉の発達の遅れ、興味や関心が狭く,特定のものにこだわる等の症状があります。

 こちらも意見交換会にお越し頂いたアスペルガー症候群のお子様を持つお母さんの体験談を通じて、より深く理解する事ができるようになりました。保育園における先生方や周囲の理解がないために、大変ご苦労をされているようでした。

●知らない罪

 議員をやっていると、社会の物事を知らない事を恥じる事があります。私達は普段から様々な分野施策について審議をする事を期待されていますが、議員や首長・職員の無知によって、本当に重要な問題を見過ごしてしまう事があります。

 例えば、現場を歩いているとアスペルガー症候群のお子様をお持ちになってご苦労されている方々がいる一方で、たまたまそのような障害に理解のない人が議員や首長をやっているとそれに対する施策自体が進まない事があります。

 しかし、そのような人たちであっても、仮にご家族に同障害の子どもがいれば、簡単に理解し、むしろ積極的に施策展開をしようとするかもしれません。決定権者にいる人たちが知っているか知らないかで左右されてしまう施策がある事を考えると、知らない事は一種の罪であると感じ事さえあります(特にその人が誤解をしていて施策運営の妨げになっている場合等)。


●知っている功

 単純に知っているだけで或は少し理解しようとしただけで解決する社会問題は少なくないと感じます。例えばアスペルガー症候群という障害の本を読んだり、ご家族の体験談を聞いた事があるだけで、その後の対応の仕方は大きく異なります。

 特に当事者の人たちは、様々な手段を用いて現状を知ってもらおうとご努力をされています。私達が知ろうと一歩踏み出せば喜んで対応してくれる方々も少なくありません。意見交換会に訪れたお母さんは、アスペルガー症候群の子どもの状況を漫画にされていました。

 社会のより多くの人が知れば、当事者の皆さんの負担も軽減されます、行政における施策運営に対する理解も生まれてきます。その事により当事者の社会的自立が促進されます。税金でまかなわれる側だった人が納税者になることだってあります。浮いた分の税金を他のことに使えます。

 そう考えると、結局全ては人のためであり、自分のためでもあるのだと感じます。

 こうやって私が文章にすることもその一助になればと思っています。
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2012年03月11日

2011年3月11日 誰が死んでもおかしくなかった

会合先の新横浜駅を出発し、3月10日22時過ぎに最終電車で気仙沼に到着しました。翌日の予定がキャンセルになり急遽決めたため、宿はありませんでした。2時間程がれきの中を歩いて、港沿いに見つけた気仙沼横町という屋台村のショットバーで地元の人たちのお話に耳を傾けて朝を待つ事にしました。

 気仙沼は、私の大好きだった祖母の生まれ育った地。大好きな東北の中でも特に思い入れのある場所の一つです。気仙沼に来た理由は、3月11日という東北の方々だけではなく、日本にとって非常に重要な日を、「自分の中で」風化させたくないという思いがあったからです。

 震災より丁度1年ということもあり、同世代の地元の方々から当時のお話を色々伺う事ができました。多くの親戚・友人・知人が目の前で亡くなっていく中、生き残った人たちから語られるお話は、ただただそう言うものなのかと聞き入るばかり、しかし真に迫るものがありました。

 最も印象に残った言葉は「誰が死んでもおかしくなかった」ということ。


●2011年3月11日14時46分

 2011年3月11日14時46分、皆さんは何をしていたでしょうか。

 私は神奈川県庁の7階の控え室で、執務にあたっていました。ゆっくりとした横揺れが始まり、段々と揺れが強くなり、庁舎がどうにかなってしまうのではないかと思われるくらいでした。船酔いにも似たような感覚を持ちました。このような揺れは初めてであり、命の危険を感じたのを覚えています。

 昭和40年代に建てられた新庁舎は耐震基準を満たしておらず、外に出る方が安全だろうという同僚との判断の下、庁舎外に出ました。しかし、庁舎自体にひびが入っており、余震で外壁が落ちてくるのを目の当たりにして、庁舎の側にいる事自体が危険であると感じられ、横浜スタジアムの横にある広場に移動しました。広場では多くの人で溢れ返り、尋常ではない様子がよくわかりました。

 交通は混乱し、普段30分で帰れるような場所でも何時間もかかっていました。私は家に帰らず、控え室で一晩を明かしました。その時にはこの地震が1万人以上の犠牲者を出し、原発による死の海が広がる事等思いもよりませんでした。


●何を思うか

 あの震災を思い出して皆さんは何を思うでしょうか?

 私は自分が五体満足で生きていられる事の尊さを感じます。

 津波の残酷さは、生死の境がはっきりしている事です。ほんの数メートルしか離れていない場所であっても、高台にいるか否かで高台にいる人は目の前で流れていく人たちをなす術もなく見守らなければなりません。つまり、人の生死の境などは、自然のほんのいたずらで左右されてしまう程、はかないものである事を思い知らされるのです。

 取り返しがつかない事への無念さを感じます。

 原発事故による放射能汚染が現実のものとなりました。私達は様々な物事を軽く考え過ぎていたのかもしれません。汚染で失われた国土だけではなく、その中の思い出を取り戻すためには、私達のライフスパンでは足りない時間が必要です。そして、それが拡大する可能性はまだゼロではありません。津波や地震でなくなった街は再興できますが、放射能で汚染された街は再興自体が困難です。

 もっともっと私達には色々な可能性があり、色々な事に挑戦するべきという前向きな気持ちをさらを持ちました。

 犠牲者の中には老若男女様々な方がいました。3月11日14時46分にたまたまいた場所によって、尊い命が失われました。死んでしまえば可能性は全てがなくなります。でも、生き残った私達にはこの先の未来をいかようにも切り開いていける可能性もありますし、挑戦する選択も出来ます。後ろ向きでいるよりは、行動をする事で今の現状をよりよくしていく事が出来ます。


●死んだつもりでやれば

 現在、首都圏の人たちは震災以前となんら変わらない生活を送る事ができています。もう震災の事等過去の事ことになっているかのようです。もちろん、被災していないのだからいつまでも震災の事ばかり見ていることもできないでしょうし、過去の事として整理をつけていく作業も行っていく必要もあるでしょう。

 でも、立ち止まって考えてみると、あの震災はこの日本国がつぶれてもおかしくなかった出来事です。少なくとも私はそう思っています。従って、人ごとと感じる事はできません。目の前に津波は来なかったかもしれませんが、原発の脅威は目の前で起こっています。やはり間一髪で被災を免れたと思っているべきなのではないかと思います。

 原発がもっと大きな爆発を起こし、北風にのって放射能がやってきていたら首都圏は死の海になっていたでしょう。自然の気まぐれで震源が数百キロずれていたら(地球規模で考えれば単なる誤差の範囲)、同じように首都機能は崩壊していたでしょう。そうなれば、私達日本人は生きている事も叶わなかったかもしれないですし、生き残った人たちも今のような生活を送る事は決してできなかったでしょう。これは何も非現実的なことではなく、そういった状況と紙一重の状況に私達はいたのです。

 「たられば」を言えばキリがないですが、誤解を恐れずに言えば、残された私達は一度死んだつもりになって、もっともっと自分たちの可能性を信じて、私達そして日本や世界の人々にとってよりより未来を切り開く挑戦をしていくことが、亡くなった人たちに対する最大の追悼になるのではないかと私は信じています。


●墓前

 午前3時過ぎにショットバーを出ると粉雪が舞ってきました。誰もいない被災地のがれきの中を再び歩き始めると、自分自身の抱えている様々な悩みもちっぽけに思えると同時に、大好きだった祖母の事が自然と思い出されました。ショットバーで交わされていた東北弁の会話が、生まれてから20代まで一緒に暮らして来た祖母の言葉に感じられたからかもしれません。

 日の昇る気仙沼の街を後にして、岩手県一ノ関市内の小高い山にある菅原家のお墓に向かいました。日本国中が心を一つにする瞬間、私は祖母の墓前で黙祷を捧げました。新しい価値観の下、素晴らしい世界を創る挑戦を続ける事を誓いながら。

 
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2012年02月24日

【メルマガ】鎖国国家その1〜日本人よ挑戦者になれ

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 最近、一つの確信を持つに至りました。それは、日本が再び「鎖国状態」になったということです。

 毎年多くの日本人が外国を訪れ、外国人観光客も増えています。日本にいながら、外国の製品を買うこともできるし、考えも知ることが出来る。江戸時代に長崎の出島だけを外国との窓口とし、外国文化の普及を国策として規制していた時代と比較すれば、今の時代を「鎖国」と呼ぶことに違和感を感じる人もいるかもしれません。

 しかし、私は敢えて今の日本は鎖国状態にあると言いたいのです。それは国の表面的な状態ではなく、多くの日本人の心の中の状態です。つまり、現在日本人は「心の鎖国」状態にあると考えます。

 多くの日本人の心が鎖国状態に陥れば、国民によって運営される国も鎖国状態になります。そして、そのことが、様々な分野において日本の発展・成長を妨げています。

この視点から私が感じている雑感を何回かに分けて考えて行きます。

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ドク「日本製だ(だからダメなんだ)!」
マーティ「日本製は最高さ!」
ドク「信じられない!」

 これは、映画「Back to the Future PartV」の中で、壊れたタイムマシンであるデロリアンの中に日本製の製品が使われているのを発見した科学者のドクと主人公のマーティの間で交わされた会話です。

 1955年から来たドクには、その時の日本製品のイメージがあり、現代である1985年に生きているマーティには発展を遂げた日本の現状から答えています。1985年に生きている人から見れば日本製品が世界でも最も優れた工業製品の一つであることは常識です。ここにこの会話の面白さがあります。

 物事は常に変化しています。ましてや30年もの月日が流れれば、焼け野原であった国が復興し、経済的に世界の経済大国に脱皮してしまうことも可能であることを私達日本人自身が証明しました。従って、ある特定の時期に構築された国や地域イメージというのは、10年もすれば陳腐なものに成り下がってしまう可能性は十分にあるのです。ましてやドッグイヤーの時代です。


●現実を直視できない日本人

 大手の日本家電メーカーが束になってもその売り上げに届かない会社が韓国にあります。サムソンです。これだけ状況が明らかになってようやく日本人もサムソンの世界的な認知度の高さに気付くようになってきましたが、かなり前からサムソンの売り上げやブランド力は日本勢と同等かそれ以上に戦ってきており、世界においてはサムソンが一流企業であることは世界の常識でした。世界各国の空港で出迎えてくれるのは、サムソンの看板です。

 しかし依然として韓国の現状を「技術力はまだ日本が上」、「国を挙げて応援をしているからだ」、「やっていることは所詮モノマネ」などと揶揄する日本人は少なくありません。これだけ企業成果に差が出てしまうと負け惜しみに聞こえなくもないですが、依然として根強い意見です。

私は以下の場面にデジャヴします。

日本「韓国製だ(だからダメなんだ)!」
世界「韓国製は最高さ!」
日本「信じられない!」

 まさに、現在の日本の状態はBTF3のドクです。ただ、ドクと日本の違いは、ドクは30年前からタイムマシンで現代に来ましたが、日本はこの30年間の韓国の成長を横目に現代まで来たことです。ドクが30年間生きた上で現代にいたらあの発言は出てこなかったでしょう。

 つまり、日本は30年間タイムマシンに乗ったように外界の流れから疎外されてきた、いや自分自身を疎外させてきたのです。見るべき現実から目を背けるという「心の鎖国状態」にあったからです。


●日本人のアジア観

 「日本はアジア諸国に遅れをとっており、多くのことを学ばなければならない。」旨の発言を、世界で活動をしている日本人の方々から聞く機会がここ数年増えてきました。先日参加したリークアンユー公共政策大学院のウェルカムパーティでも日本側で挨拶に立たれた方がそのようにおっしゃっていました。

 これは何も社交辞令ではなく、海外で活動している日本人が感じる素直な発言であると思いますし、前述した多くの日本人が持っている強弁よりも私の胸にはストッと腑に落ちます。彼らが堂々とそう述べられるのは、心が鎖国状態にないからです。

 もちろん、社会インフラや経済力等様々な点で比較したら、日本はアジア地域において最も進んだ国であることは事実ですが、マインドという点では完全に抜去られていると感じます。そして、マインドがあるからこそ、アジアの他地域から学ぶことは多いのです。

 日本は周回遅れになっているのに気付かずに、後ろにいるランナーを見て安堵しているようなものです。日本人は深層心理にある「自分たちはアジア諸国に勝っているはずだ(逆に、欧米は日本に勝っているはずだ)」というイメージを捨て去り、その現状を直視するべきです。イノヴェーションのためには正しい現状認識を持つことが前提条件だからです。

 そのためには日本は既にディフェンディングチャンピオンではなく、挑戦者なのだという謙虚なマインドを持つことが重要であると考えます。

 つまり、心の鎖国状態を解き放つ必要があるのです。

 現在は2012年です。皆さんのアジア観・世界観は1985年からどのくらい変化していますか?
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2012年02月09日

オープンガバナンスの時代その3〜高齢者がITに不得手という誤謬

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 先日特別委員会の調査で訪れた「葉っぱビジネス」で有名な徳島県上勝町では、80歳を超えるおじいさん、おばあさんがタブレットPCを持って、農産物の出荷管理等を行っていました。NTTドコモの宣伝でもこの風景が放送されているそうです。

 三重県玉城町でも80歳を超えるおじいさん・おばあさんがスマートフォンを持って、写真を撮る、家族の写真を紹介する、位置情報を調べる。こんな光景が1月31日の「ガイアの夜明け」で放映されました。おばあさんは「最初は少し勉強したけれど、非常に便利です」といった感じのことを答えていました。


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 佐賀県議会では2011年より、若手からヴェテランまで議員全員がipadを保有し、議会における情報共有や省紙化の取り組みを行っています。最初はFAXや郵送による従来型の連絡伝達とipadに対する電子連絡を併用していたが、現在はほとんどが電子連絡のみにとって代わったと言います。

 議員からは便利になったという好意的な意見が寄せられると同時に、議会事務局においても迅速かつ同時に全議員に情報を送信できるので情報共有及び事務の効率化の両面において大きな成果が上がっているとのことでした。従来のFAXの時代であれば、全議員に送信するだけで1時間はかかり、受信者の紙の問題等でも無駄が生じていました。



●高齢者はITを使えないというステレオタイプ

 行政や議会でITに関わる取り組みを進めようと提案すると、決まって返ってくる答えが、「ITを使えない人たち(特に高齢者を指す)がおいて行かれる」という論調です。確かに、パソコンやスマートフォンを使っている割合は年が下る程高く、その現状だけ捉えると、ITに関する取り組みを導入することは高齢者を取り残して行くという考え方にも一理あります。

 しかし、このような指摘は本当に正しいのだろうかという疑問も生じます。なぜなら、冒頭に紹介した上勝町・玉城町や佐賀県議会の事例からも、実際に高齢者に分類される方の多くが利用しているからです。佐賀県議会に至っては利用率100%です。


● ATMのない今を想像できますか?

 昨年千葉市長である熊谷氏と意見交換をしたとき、彼は行政におけるITの導入について、銀行のATMを引き合いに出し、前向きな施策展開の必要性について触れていました。ATMの導入に準えて、現在のIT導入に否定的な人の考えがいかにできない理由をあげつらっているかということ事例です。

 ATMが初めて国内で導入されたのは、昭和40年代でした。その時代においてはATM最先端の技術であり、導入にあたっては、機械を触れない人、個人情報の取り扱い等様々な問題があったはずです。しかし、結果的にはATMは導入されました。ATMを導入することのメリットを考えると、みながATMを使えるような状態を作った方が建設的だからでしょう。

 ATMの導入に際して重要なことは、窓口でも取引ができるということです。従って、まずはATMを問題なく使える層が窓口取引からATM取引に移行しました。次に、銀行側としても案内員を配置して、使い方を指導することで今まで使えなかった層もATMを使えるように啓発して行きました。

 結果的に現在では世代関係なく、大半の人たちがATMを使って取引業務を行うようになりました。さらには、現在はネットバンキングが導入され、家でも銀行取引ができるようになりました。コンビニATMによって、銀行が開いていない時間にもお金の出し入れができるようになりました。

 仮に40年以上前の導入時に反対の意見に耳を貸して導入していなかったら、今頃日本社会はどうなっていだでしょうか。皆さんはATMのない生活は考えられますか?

 もちろん、ATMを使った犯罪は後を絶ちません。近年問題になっている「振り込め詐欺」もATMを舞台に繰り広げられる場合が多いです。しかし、ATMをなくせという声は聞かれません。それはATMが社会に与える利益が非常におおきいことだけではなく、ATMという道具が悪いのでなくてその運用を改善することで防止していく問題であるとわかっているからです。


●SNSやスマートフォンを導入するメリット

 ATMが導入されたことの最大の理由は、それが社会の発展や私達の生活の向上に不可欠な手段であったからです。ATMがあるお陰で、個人レヴェルにおいては何時間も待つことなく銀行取引を終えることができます。ATMは私達の個人的な可処分時間を増やしてくれたのです。また、国家経済レヴェルにおいては、現代の煩雑・大量かつ国際的な銀行取引を人手でこなすことは実質的に不可能です。つまり、ATM及びその背景にあるオンラインバンキングシステムは、日本の経済活動をずっと支えて来ているのです。

 では、自治体や地域社会にSNSやスマートフォンを導入するメリットはなんでしょうか?それは、行政の効率化や生命財産の安全の確保です。さらには民主主義のあり方自体を変えてしまう可能性もあります。

 自治体職員・議員及び住民の多くがこのようなツールを活用できる状態になれば、行政にかかっている事務的なコストは削減されるだけではなく、多くの成果を生み出すことが可能になります。特に行政は書類業務が仕事と言っても過言ではないので、ツールの電子かによる行革効果ははかりしれないでしょう。

 また、これらのツールは人の生命も救います。昨年発生した東日本大震災の時に、Twitter等のSNSが、安否情報等の情報源として大活躍しました。電話回線等が途絶える中で、ITインフラは継続されており、個人発信でき、日本ではある程度普及していたTwitterがある程度活用されたのです。これは総務省の方でも認めており、国ではこのようなSNSを今後は活用して行く方針を打ち出しています。また、仮にその当時欧米のようにFacebookやスマートフォンがもっと普及していれば、より多くの人名が救われたのではないかとも言われています。

 この他にも、SNS等が民主主義の根本的なあり方自体を変えてしまうという指摘もあります(詳細は次回以降に譲ります)。
 

●導入への障壁

 このように考えると、高齢者がITを使えないというのは大きな誤解(時には意図的な流布)による、IT施策導入に反対するための理由付けであることがよくわかります。実は、スマートフォンの利用等は、その利便性から高齢者にこそ親和性があると言われることもあります。実際、指先一つで時を拡大できること等はまさに高齢者向けです。

 SNSやスマートフォン等を自治体に導入する際の大きな障壁は、決定権者の不理解です。行政でも議会でも決定権に大きく関わる者がこのようなツールを利用したこともなく、誤った固定観念を持っていることが多く、そのことが導入への妨げになることが少なくありません。

 オープンガバメントを進めて行く上で重要なことは、より多くの人がITに関わるツールを用いることが出来る環境整備とそれらを運用する能力を養成する啓発活動であると考えます。「できないからやらない」ではなくて、「できるためにはどうしたらよいか」を考えることが建設的であると思います。

 従って、首長・議員や管理職こそが、まずは固定概念を排して、それらを理解しようと努めることが必要不可欠であると考えます。トップの意識改革なくして組織は変わらないからです。
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2012年01月27日

オープンガバナンスの時代その2〜情報共有の重要性

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私達の会派が樋渡啓祐市長と意見交換をしている様子が、佐賀県武雄市のFacebookのホームページ( http://www.facebook.com/takeocity )に掲載されました。しかも、調査中にです。

「さすが早いですね。現在、樋渡啓祐市長のお話を伺っています。」私も即座に発見し、全世界の友人・知人に対してその事実を伝えると同時に、その記事に対してこうコメントを加えました。

情報は瞬く間に広がり、何十名という方から「いいね」のリアクションがあり、実名によって、感想や意見のコメントが続きました。市長自身もコメントに対して対応をしています。

実際のやり取りの様子
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.367770329915711.109463.194839810542098&type=1

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佐賀県庁でIpadを活用した救急医療情報システムの取り組みを調査しました。説明者は導入の立役者、円城寺雄介氏(医療支援担当主査)です。彼のプレゼン資料が素晴らしいと感じました。また、途中でテレビ局が報道したわかりやすい動画が流れます。

円城寺氏は、動画は動画投稿サイトUtubeで公開されていると言いました。その瞬間に私は動画を検索し、この有益な情報をFacebookを通じて地方議員や職員等の友人・知人に伝えました。

この分野に関心のある人からどんどんコメントが寄せられ、自分たちの自治体で導入できないか、問題は何かといった建設的な意見交換が交わされました。

また、プレゼン資料のデータをすぐに頂き、クラウドサーヴィスを用いている会派の共有フォルダにそのデータを放り込みました。その瞬間、私の所属する会派の16名全員がこの視察の詳細な情報を瞬時に共有しました。出先であってもスマートフォンから情報を見ることも可能だからです。

実際の動画サイト
http://www.youtube.com/watch?v=pqK-wNFTgcQ


● 情報公開の変遷

1983年、都道府県で初めての情報公開条例が神奈川県で制定されました。これは今でも神奈川県の先進性を表す語り草となっています。国の情報公開法に10年あまりも先んじたこともその根拠となっています。

ただ、情報公開が始まった頃は、公文書館等を整備し、情報を公開された状態にしておくことが文字通り「情報公開」でした。しかし、実際には多くの情報において情報を取得するための労力と費用がかかり、実質的な「非公開」状態が続いてきました。議会・行政の情報は一部の熱心な住民が取得するものとされてきました。

しかし、インターネットの普及がこの状態を劇的に変えました。情報公開をするためにかかるコストは低減し、ネット環境にアクセスできる状態の者であれば、基本的な情報は費用も労力もかけずに取得できるようになりました。

ようやく、住民が議会や行政にフラットに関われるスタートラインが整って来たことになります。


● 情報公開から情報共有

このような「情報公開」の流れは一方で、情報の洪水の中で住民に高い情報リテラシーを求めるようになりました。一体どのような情報をどこで取得できるのか、情報へのアクセスのし易さが情報公開における最も重要な要素の一つになってきました。

また、情報は公開されただけでは意味をなしません。これをどう住民と共有して、議会や行政の運営に生かして行くかということが重要な課題となってきました。

つまり、「情報公開」の定義は神奈川県の条例制定の時代の30年前から変遷し、現在では「情報共有」をも内包した概念と捉えることが適切であると私は考えています。

従って、情報は公開しているのだから、役所や議会に来て情報公開請求をしろというような依然として一部のしかし少なくない議会や行政で見られる姿勢は、既に「現代における情報公開」の要件すら満たしていないと考えます。


● 武雄市の取り組みの画期的なこと

武雄市の取り組みの画期的なことは、Facebookを自治体運営に導入することで、住民との情報共有のあり方に一石を投じたことでしょう。冒頭の市長との意見交換の事例のように、市で行われた事実を公開し、それに対してコメントを入れたり、シェアという機能を用いて住民自身が簡便に情報共有を行える仕組みを構築しました。

Facebookは実名制であるため、無責任な意見が飛び交う可能性は低く、職員が市民の意向を把握するのに優れたツールであると樋渡市長は言います。しかも、視察来訪者を紹介すれば、その人たちが外に向かってその情報を共有し始めるので、武雄市の宣伝にもなっており、市長の頭脳的な戦略も伺えます。

実際に、私達県議団の情報共有をきっかけに何百人という人が武雄市の取り組みを知ることとなりました。また、コメントを通じて市民だけではなく市外の方々からも有益な情報が届くことが多くなったようです。市のホームページのアクセス数も月5万件から月330万件と66倍。数字が多くの人々を巻き込んでいることを物語っています。

もちろん、問題がないわけではありません。全ての武雄市民がFacebookを用いている訳ではありません。先行者であるが故の失敗の可能性も依然として残るでしょう。しかし、できない理由を並べるよりは、できる理由を探しながら、多少の失敗を覚悟してでも進んで行くことの方が住民にとって有益であると私は捉えています。

また、このような情報共有は「議会にこそ親和性がある」とは、山田恭輔氏(武雄市秘書広報課フェイスブック係長)の弁ですが、まさに卓見です。


● 情報共有が組織を変える

組織内における情報共有は、官民問わず常に課題とされてきました。そして、その都度、費用のかかる情報共有ツールを導入してきました。しかし、この組織内における情報共有の仕組みにも大きな変革のうねりがやってきました。

クラウドコンピューティングサーヴィスの登場と費用の低廉化により、今まで大企業が何億円かけて構築して来たシステムをほぼ無料で構築できるようになりました。

私が昨年会派の政調会長に就任したときに最も頭を悩ませたのが情報共有のあり方でした。議員は一般の会社員と違い、常に職場で顔を合わせる訳ではありません。会合の日程を調整するのも一苦労です。

そこで、私が目を付けたのがクラウドコンピューティングサーヴィスでした。会派の情報をクラウドに一元化し、常に会派の16名が共有をできる状態にしました。また、日程や会合の調整もクラウドに一元化しました。

私の所属する会派が、新人議員が多いにも関わらず、会派として統一の行動をとり、多くの報告書等をあげている背景には、このような組織内における情報共有の仕組みがあります。

また、このような情報共有を組織内においてできる人材は、対住民との関係においても情報共有を行うことができます。そして、それらを組織内にフィードバックし、組織運営に役立てることも可能です。


● 共に作り上げるための情報共有

組織内外を問わず情報共有をする意義を問われれば、共に何かを作り上げること(共創)であると考えます。今まで住民は議会や行政の蚊帳の外に置かれてきました。パブリックコメント等の住民参加の仕組みも大きな効果をあげられないことが少なくありませんでした。情報共有の時点で大きな課題を抱えているからです。

従って、情報共有を円滑にする仕組みを確立することはオープンガバメントを構築するための重要な要素であると私は考えています。

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この文章は「菅原直敏のメールマガジン」からの引用です。
http://nao.tv/guide/m.html
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2012年01月22日

オープンガバナンスの時代その1〜隠せない時代の中で

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2012年は日本にとって大きな転換点となるという人が、私の周囲には増えています。スマートフォンの急激な普及やTwitterやFacebookといったSNS(ソーシャル・ネットワーク・サーヴィス)の二乗的な浸透が極限にまで到達するのが本年であり、世界で起こっているような社会変革の流れが日本でも生じるという見方です。

少し天邪鬼な私ですが、この方向性には素直に賛成します。もっと言えば、今まで世界で起こっているような社会変化に日本的なテイストが加わった新しい革命的とも呼べるような社会変革又はその下地ができあがるのが2012年だと考えています。ツール以前の前提として、日本人の抱えている政治への不満だけでなく未来を想像したいという建設的な欲求が極度にまで膨れ上がっていると感じられるからです。

今回から何回かにわたり、行政・議会及び民主主義におけるオープンガバナンスとは何かということを、具体的な事例等も交えながら考察していきます。


●結果的に人身事故を隠蔽した形になった市議会

12月20日に大和市議会で、年配の議員が登庁前に車で女性を車で跳ねる人身事故が発生しました。その議員は車に何かがあたったことは認識しつつも、そのまま議会に登庁しました。

その後、議員自身が何かにあたったと思い、警察に問い合わせたことにより、事故が発覚しました。この時点では救護義務を怠ったことも指摘されており、ひき逃げにあたる「可能性」もわかっていました。

但し、議員も人間ですから、事故を起こしたこと自体の是非をここで論じるつもりはまったくありません。

問題はその後の議会の対応です。当該議員の報告を受け、市議会は代表者会という各会派の代表者が集まる会議を開催し、この事故について話し合いました。関係した議員の話によると、その会議の中で一部の議員から事実を公開するべきであるという意見があったものの、結局はうやむやのまま経過を見守ることとなり、つまり実質的に事実を公表しないという決定を議会としてしたことになりました。


●初動ミス
結論から先に申し上げれば、この時の市議会の判断は大きな間違いであったと私は捉えています。事故の経過がどうであれ、議員が人身事故を起こして、救護を行わずにその場を去ってしまったという事実があり、その後に経過次第ではひき逃げに該当する可能性もあった以上、まず事実は事実として公表すべきであったと考えています。

後に事故が重大な事件と判断されれば、その間事故を公表しなかったことに対して市民の批判が集中することは確実ですし、仮にそうならなかったとしても、途中で市議会が情報を公開していない事実が漏れ、歪曲されて伝わってしまった場合にも大きな問題が生じるからです。

実際、この事故の情報は代表者会に出た一部の議員の中で共有されたものの、それ以外の議員にはその情報が正しく伝えられなかった会派もあったようであり、情報が錯綜し始めました。

程なく私のところにも情報が回ってきました。しかし、その頃には歪曲されている部分も多くなっており、かなり大事になっていました。私はすぐに仲間の市議に連絡をとり事実を質すと、彼らは事実の公開を要求したものの、一部の議員が反対のようなそぶりを見せ、全会一致の代表者会の場においては公表の決定がなされなかったとのことでした。

私も事実を知ってしまった以上、知らぬ存ぜぬでいるわけにも行かなくなり、またその後の市民に与える議会不信の印象も勘案すると、有志の議員でも構わないので、早急に結果的に事故を隠蔽した形になっている現状を打破することを数名の仲間の議員に促しました。

しかし、その対応を考える間もなく、新聞が人身事故について報道しました。事故発生後20日以上経ってのことです。残念ながら、これほど期間を経過しての事実発覚は市民に対して大きな不信感を市議会に対して持たせることになり、議会だけではなく、各議員も後手後手の対応を迫られることになりました。

市議会議員の新年会における挨拶の枕詞は、事故の謝罪からになることになりそうです。


●隠せない時代への対応
現代において、情報は隠せないものとなってきています。誰もがPCや携帯電話を持ち、瞬時に世界に向けた情報発信者になる時代において、隠すことを前提に組織運営をすること自体に無理があるのです。隠すためには莫大な費用と労力そしてリスクが生じます。

むしろ、どのような情報も必ず公になる可能性があるとの前提で物事を進め、その際の対応を含めて考えていけば、より建設的な組織運営が可能になることもあります。そして、情報を全てオープンにしてしまうと、思わぬ副作用もでてくることもあります(次回に詳述)。

特に行政や議会にかかる情報は、その組織の生成過程からも原則公開でなければなりません。むしろ、公開された情報に市民が自由にアクセスし関わることで、行政も議会もその正統性を高めていくのです。


●行政・議会における情報公開の先進事例
現在、徹底して情報公開を進めている首長がいます。

元大阪府知事であり、現大阪市長である橋下徹氏です。彼は府知事時代に「オープン府庁(究極の情報公開)」の取り組みを推進し、予算編成過程の公表や施策プロセスの見える化等の成果を残し、全国市民オンブズマン連絡会議が発表した「2010年度全国情報公開度ランキング」において満点を獲得し、全国で最も情報公開が進んだ自治体に大阪府を押し上げました。

この取り組みは大阪市長になった現在も取り組まれており、大阪市の情報公開度が相当高まることが予測されます。橋下氏というと最近では政治的な話題が中心でありますが、かなり情報公開においても革命的な取り組みを行っていることが伺えます。

また、全国の地方議会でも代表者会等の非公開の会議を公にする議会も増えており、三重県議会では全ての会議が原則公開、傍聴可能となっています。私も地方議員10年目になりますが、非公開にしてやらなければならないような会議とは未だに殆ど出会っていません。代表者会のような会議が非公開であるべきと考えているのは議員の大いなる誤解に満ちた思い込みです。原則公開、非公開にするときは説明を行ってそうするという対応で十分です。

上記のような動きはまだ少数派ですが、着実に広がっています。

今まで、行政も議会も情報を隠蔽し、自分たちの都合の良いように操作することで、住民に対する妙な優越を保ってきました。しかし、そのことが逆にこれらの権威・信頼を失墜させ、組織における停滞を招いてしまうという悪循環に陥っています。

全ての情報を公開してしまうことで、住民の建設的な関わりを受け入れることがオープンガバナンスの前提条件です。意外とその方が居心地のいいことに職員も議員も気づくはずです。
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2012年01月11日

2012年を迎えるにあたって

2012年が始まりました。

私の中では1月10日が年明けです。

1月2日から1月8日までの一週間休暇をとり、東海道を折りたたみ自転車で横断しました。

昨年は大みそかまで仕事に忙殺されたことと、自分なりに思うところがあり、まとまった時間をとり、東海道を走破しました。仕事や地元を離れ、ゆっくりと自分を見つめなおし、多くの人々と出会い、本当に良い経験でした。

従って、私の中では1月11日が年明けです。昨日からは怒涛のような毎日が始まりました。


さて、今年は議員生活10年目になります。そして、私の中では1つの区切りの年であると考えています。議員になったときから、10年間というのが1つの節目であると考えて来たからです。

議員としての心技体も段々とその節目を迎える準備ができてきました。

今年は仕事面でも個人的にもいくつかの大きな目標があります。それらを実現に近づけていくために、人生で最もストイックに自分を追い込んで行きたいと思います。


本来ならば、議会の世界に入ることがなかった私のような人間をここまで応援して下さった方々にお応えするためにも、そして自分自身が己に課してきた人生の目標にさらなる結果を出すためにも、政治という範疇に捉われず社会・世界をカエルという気概で今年は臨んで行きます。

本年も宜しくお願い申し上げます。
posted by 菅原直敏 at 15:35 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

2011年を振り返って

2011年が終わろうとしています。

皆さんにとってはどのような一年だったでしょうか?

私も自分なりに振り返ってみたいと思います。


●辛かったけれども、楽しかった一年
今年は辛かったけれども、楽しかった一年でした。

特に上半期に辛いことが集中しました。社会的には大震災が発生しました。個人的には自分の進むべき進路について大いに悩みました。他にも自分の思うように行かず、色々と投げ出したくなることもありました。いわゆるどん底状態でした。

しかし、辛いことの後には必ず楽しいことがやってくると信じて前向きに進むように努力しました。下半期からはその負の流れが嘘だったかのように、好転しました。諦めないことの大切さを改めて実感しました。

結果的には、マイナスよりもプラスが上回りました。

●責任を頂き、人の為に費やした一年
今年は責任のある立場を頂き、人の為に費やした一年でした。

仕事面で最も大きかったのは、政調会長という役職を頂いたことです。今までとは違い多くの責任を負うことになりました。プレッシャーで潰れそうになることもありました。しかし、責任と引き換えに様々なことを主体的に取り組める状況も生まれました。その充実感がプレッシャーをはねのけてくれました。

また、大和や会派で新しくできた仲間達の為に、議員としての自分の出来得る限りの経験と知識を伝える努力をしました。その為に、自分の費やせる限りのものを彼らの為に費やしました。また、社会に対しても自分の出来る限りのことをしました。多くの時間がそれらにとられましたが、全く苦ではありませんでした。

ようやく自分も人や社会の為に還元できる知見を、少しですが持てるようになったのだと感じました。


●気づきと可能性を感じた自分らしい一年

今年は気付きと可能性を感じた一年でした。

一体自分は何をしたいのだろうということを自問自答し続けました。いや、むしろ目指すことはずっと明確であり、その為の手段として何が適切かに気付けました。

また、自分自身だけではなく人や社会の新しい可能性についても感じられた一年でした。特に最後の3か月くらいは、1日があたかも1週間分くらいの密度でした。少し無理をしてしまった部分もありましたが、でも何とか食らいついて自分を成長させられました。

大きな目標に向かって、諦めずに挑戦していく。本当に自分らしさが出た一年でした。


●振り返ってみると素晴らしい一年

振り返ってみると、今年は自分にとって大きな人生の転機にあり、素晴らしい一年でした。

「絆」という漢字が今年の漢字に選ばれましたが、まさに人との絆に助けられた一年でした。

関わって下さった多くの方々に感謝を申し上げます。

2012年はどのような年になるでしょうか?

少しの不安と溢れんばかりの期待を胸に抱きながら年を越すことになりそうです。

posted by 菅原直敏 at 22:49 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月23日

人材の空洞化と国際化

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●人材の空洞化の恐れ
現在の日本の最も憂う問題点の一つは人材の空洞化であると考えます。日本の優秀な人材が海外に行ったというニュースをよく耳にするようになりました。優秀な学者やビジネスマンが日本に愛想を尽かして去って行くという印象を受けます。

ここで言う「優秀な人材」とは、その能力や行動によって社会を良い方向に革新(innovation)していける人材を指します。このような優秀な人材は、既存の体制に属さない分野に多く見られます。

また、「海外に行く」というのは一時的な移住ではなく、永続的な定住を意味します。最近、日本にゆかりのある方でノーベル賞をとる人の中にも海外定住者が増えてきましたが、これもその表れであると捉えています。

よく地域や国を変えると言うと、政治家や公務員になることが想定されますが、実は民間の分野でこそ変えられることが多いというのが私の実感です。そして、その民間の分野において日本の現状や将来に対して危機感を持ち、熱心に取り組んでいる方々も少なくありません。

しかし、残念なことにそんな彼らの熱意を打ち砕く大きな障壁が日本にはあります。既得権の維持に走る巨大な官僚機構とそれを民意に基づいて統治できない政治家集団です。また、昔は挑戦者で先鋭的であったけれども、成功を成し遂げ既得権側に立つ産業界も、豊富な資金力を背景に政治家集団を誤った方向に向かわせています。

既得権にがんじがらめになり、自己保身を最優先事項とするこれらの集団には、日本の将来などは二の次であり、少なくとも自分達が存命である期間だけは、なんとか既得権によって甘い汁を吸っていられればよいと、「本能的に」行動させているのでしょう。

そして、「本当に」日本の将来を案じ、その能力を有する者達は、自分達のできる限りの挑戦をした後に、日本を去って行く苦渋の決断をするのだと思います。

●政治家の責任
この既得権にしがみつく集団の中で、最も責任が重いと考えるのは政治家集団です。彼らがしっかりと機能すれば、社会の革新は始まり、新しい日本の未来は開けるからです。そして、それが民主主義の醍醐味です。

しかし、彼らは民衆の方を向いていません。自分達で考えることを放棄し、政務のほとんどを官僚機構に委ね、既得権を有する支持母体ばかりを気にして、本当の意味での民衆の方を見ようとはしません。

なぜ、橋下徹氏が支持されるのか、答えは明快です。しかし、劣化した政治家集団はその答えを理解できず、自分達の選挙にどうやったら望ましいかばかりを考えています。

3月11日の大震災が、政治家の意識を変える最良の機会と捉えた人々もいましたが、このような歴史的な国難を前にしても政治家集団は自分達のつまらないちっぽけな既得権・面子を優先させました。

多くの国民は既に気づいているはずです。このような政治家集団に国を任せてはいられないと。しかし、そうこうしている間にも、日本の優秀な人間は残念なことに海外に去っているのです。彼らは、日本ではなく諸外国の頭脳になり、その国に対して大きな貢献をすることでしょう。

●人材の国際化
比較的海外に行くことが多いのですが、その度に日本人の内向性が気になります。本当の意味での国際人が少ないような印象を受けます。海外を特別なものとして捉えず、言葉の壁をものともせずコミュニケーションをとろうとし、客観的な視点で日本を相対視できる人材が非常に少ないと感じます。

最近、日本の様々な分野で「ガラパゴス化」が叫ばれていますが、まさに国際的な人材が少ない結果であるとも捉えられます。常に海外の情報にアンテナを張っていれば、世界のトレンドがどのような方向に進んでいくかはおおよそ検討がつくからです。

TPPの交渉のテーブルにのることに反対をする理由として、「日本人は交渉が下手だから、テーブルにつくべきではない」と主張する国会議員が少なくありません。私は残念に感じました。TPPの是非は別にして、国際交渉ができないと自信を持って主張するような人間が国会議員として国家運営に関わっている事実こそが大きな問題です。

明治維新後の日本の近代化を支えたのは、海外に飛び立ち、国際情勢に目を光らせながら、日本の将来を案じた国際人達でした。日本の素晴らしい歴史・文化を守るために、時には欧米とも激しい交渉をしながら、進んでいくことは必要不可欠なことだったのです。そして、このことは今も変わりません。

私は政治の分野に関わる人間の中に、本当の意味での国際人が増えてくれば(実際には少なからずいるが中心とならない)、民間分野において社会の革新に取り組む果敢な挑戦も理解できるようになると考えます。そうすれば、その意義を理解した上での規制緩和や施策展開を行っていくことで、民間分野の優秀な人材が活きてくると考えます。

残された時間は多くありません、国際感覚に優れた人材を国家運営の中心に据え、素早い意志決定で、人材の流出を引き留め、日本のためにその能力を生かすべきです。



posted by 菅原直敏 at 09:56 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月07日

【メルマガ】地方自治法の呪縛を解き放て

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本年は地方自治法が制定されてから65年になります。最近では地方自治法施行の60周年の記念コインが販売されています。良くも悪くも日本の地方自治制度を規律してきたのは地方自治法とそれに関連する諸法でした。そして、同法の法的根拠は日本国憲法第92条「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」によります。

私は近年叫ばれ続けてきた「地方分権」を推進するためには、この「地方自治法」を廃止するか抜本的に見直す必要があると考えます。

●非常に少ない「地方自治」の専門家
 私は地方自治または自治を専門的に研究してきましたが、私が最も強く感じることは「地方自治」の専門家が非常に少ないことです。より正確に表現すれば、地方自治法をよく理解し、細部まで解説できる「『地方自治法』の専門家」のことを日本では「『地方自治』の専門家」と呼びます。つまり、「『地方自治法』の専門家」≒「『地方自治』の専門家」なのです。

 確かに、戦後日本国憲法の理念を具現化するために形式的にせよ地方に民主主義を導入し、地方自治の形を整えていく上では、地方自治法のような自治体を画一的な枠にはめる法律はある程度の必要性があったかもしれません。また、住民も自治に重きを置かず、経済発展による生活水準の向上を優先させてきたことは一つの歴史的事実です。

 しかし、1990年代にバブル経済が崩壊し、経済成長に基づく税収増をよりどころにした自治体運営が困難になったことや、社会が成熟し住民の価値観が多様化したこともあり、改めて「地方自治」のあり方が問われるようになってきました。換言すれば、地方自治法が住民による地域の自治を保障するよりも国による地方の官治を助長する性質を持っていることに段々と気づくようになってきました。国・地方問わず政治に関わる者が「地方分権」又は「地域主権」等と叫ぶようになってきたこともその一つの表れと理解してよいでしょう。

 但し、そこには大きな問題が存在しました。戦後、「地方自治法」≒「地方自治」だった影響もあり、ポスト地方自治法を展望するための論理的支柱を主張できる人材が非常に少ないと言うことです。


●地方分権とは多様性の許容
 地方分権が相当程度進んだ国としてアメリカやドイツが挙げられます。連邦制の両国と集権制の日本を単純に比較することは困難でありますが、両国と日本の地方自治制度の大きな相違を端的表現するのであれば、「多様性と画一性」です。もちろん、多様性が両国の自治制度に対する表現です。

 例えば、アメリカでは州毎に多くの法律、税率、教育内容等が異なります。基礎自治体における政府形態も画一的ではありません。地方議会の運営方法も多種多様です。ドイツも同様です。

 これらのことは、地方分権における当然の帰結なのですが、日本人にはこの地方自治における「多様性」を直感的に理解することが非常に難しいようです。60年以上も地方自治法による「画一性」に慣らされてきてしまったため、画一であることが血肉として浸透しているのだと感じます。

 しかし、この思考回路或いは偏見を取り除かない限り、本質的な意味での地方分権は進みません。例えば、1999年に行われた大規模と言われた地方分権改革において機関委任事務等が廃止されるなどしましたが、地方自治法の本質は基本的に変わっていません。

 地方自治法の本質とは何かと問われれば「画一性」です。つまり「画一性」を「多様性」に変革したときが、本質的変化と呼べるのだと考えます。


●地方分権と住民自治は対の議論
 地方分権との関係でもう一点指摘します。それは住民自治に対する認識についてです。

 特に議会関係者に多く見られるのが、議会制民主主義或いは間接民主主義に対する大きな誤解です。その誤解とは、地域の物事は選挙に選出された議員により構成される議会によって最終決定されるべきであり、直接民主制は間接民主制と相容れないというものです。地方自治法に直接民主制に関する制度的な不備があることが、このような議会人の意識を形成してきた一つの主因であると考えます。

 アメリカでは、間接民主制を採用する自治体であってもその制度設計の過程では直接民主制が機能します。住民が自治体を設立すると決めたら、憲章(チャーター:自治体の憲法のようなもの)を作成し、その地域の住民による住民投票にかけます。その際に自治体のあり方や政府形態についても定めるのが通例です。また、自治体設立後においても直接民主制が制度として組み込まれており、最終的には議会にも優越します。

 このことは、考えてみれば当然のことであり、行政や議会の正統性は住民に由来するわけですから、直接民主制が間接民主制に優越することがあることになんら疑問は生じないですし、そのことを持って例えば「住民投票に法的拘束力を持たせることは間接民主制の否定又は議会軽視にあたる」というような主張もなされません。時として直接民主制が間接民主制に優越するのは、両制度の補完作用の結果に過ぎないのです。

 余談ですが、本年話題になった名古屋や大阪の首長辞職による争点を問う選挙も直接民主制度の不備の一つの表れであると考えられます。法的拘束力のある住民投票制度又は住民提案制度が確立されていれば、首長も辞職をする必要がなかったからです。

 地方分権とは地域の多様性を許容することであり、多様性とは住民の創意工夫に基づいた自己決定(住民自治)から生まれます。つまり、地方分権と住民自治は対で議論されなければならない論点なのです。


●地方自治法の呪縛を解き放とう
 地方のことを規律する地方自治法は国の決定する制度です。また、地方分権を推進するためには、この地方自治法の抜本的改革が不可欠です。従って、地方分権の本質的な進展が見られないのは政府や国会における地方自治に対する不理解や不作為による部分が多分に大きいと言わざるを得ません。

 しかし、国政における不作為を、指をくわえて眺めている理由はどこにも存在しません。地方自治に関わる人間だからこそ発想できる内容で、国に対して提案をしていけばよいのです。そしてこのような底上げによる国民的運動こそが、地方自治の本質に合致するのではないでしょうか。地方政府の多様化を進める議員連盟の目的もそこにあります。地方自治法の抜本的改正案を地方から提言することです。

 今までのような依存的で画一的な地域の有り様ではなく、地域のことは地域住民が決められる多様性を求めて、今こそ地方自治法の呪縛を解き放つときであると思います。

posted by 菅原直敏 at 13:11 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月16日

【メルマガ】議員の海外調査の是非

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現在、ドイツにいます。11月12日から1週間の日程で、主に環境政策と都市制度を中心として、調査に来ています。道中ではありますが、簡易な視察報告はブログを通じて行っているので、是非ご覧ください。

菅原直敏議会報告ブログ
http://sugawaranaotoshi.seesaa.net/

●横浜市会のドイツ調査
先月の新聞に横浜市会のフランクフルト市への議員交流団派遣(議員18名、当時)が話題となっていました。横浜市とフランクフルト市の交流を記念し、フランクフルトの議員とサッカーの親善試合をするために、議員一人当たり最大120万円の予算がかかっているという印象を与える記事でした。

正確に言うと、フランクフルト市との交流事業はその一部で、その後各議員は4つのグループに分かれ世界各地に外遊調査を行います。これは、任期中議員1人あたり最大120万円の予算がつく「海外視察派遣の制度」のためです。

その後の訪問先は、欧州国内のみならず、アフリカ、南米、北米、アジア地域とグループの調査目的により多岐に渡ります。おおよそ11月5日から19日までの期間に実施されるそうです。

この視察について大きな批判が巻き起こっています。主な理由は以下です。
・サッカーの交流試合が必要か
・費用が高額すぎではないか

このような批判に対して、真正面から調査の必要性を反論する議員あり、だんまりを決め込む議員あり、または視察参加自体を辞退する議員あり、議員各自の対応は様々でした。


●横浜市会の調査の是非と私
私の下にもこの横浜市会の調査はどう思うかというご質問がいくつか寄せられました。正直、他の自治体のことであり、その地域の住民と議員がどう考えるのかということですから、お答えのしようがないのですが、しかし一般論としては以前に過去2回のメルマガ「議会の視察の費用対効果と運用方法の改善」で述べたような基準は最低限満たすべきであると思います。

過去のメルマガ内容はこちら
http://sugawaranaotoshi.seesaa.net/article/233214615.html

さて、奇しくも同じ時期に私もドイツに調査に行くことになりました。横浜市会の交流兼海外視察の件は気にかけていなかったのですが、一緒に調査を行う横浜市会からの参加者である伊藤大貴議員がそのことに触れていて、多少の問題意識はもたねばならないと感じました。なお、伊藤議員は横浜市会の中でも相当意識の高い議員なので以下にホームページをご紹介しておきます。既に欧州調査の報告も順次上がっています。

伊藤大貴横浜市議ホームページ
http://hiro-chan.net/


●私の海外調査感
海外調査についての私の感想ですが、むしろ今の時代だからこそ、私が主張しているような基準を満たした上で、積極的にやるべきだと思います。今回仏独を訪問して感じることは、日本の議員は海外の議員等との交流が少なすぎますし、日本の中の考え方に固執するあまりに柔軟な物事の理解や判断ができない人が少なくないように感じられます。一例を申し上げれば、地方自治のあり方等は海外の事例を参考にする部分は多分にあり、実際に現地に足を運んで朝から晩までご当地の議員と議論して議会の傍聴をして欲しいと思います。

しかし、その一方で議員側は過去の議員の海外調査に対する批判も含めて自身の意識と運用方法を「相当」改める必要があると思います。前回の基準を踏まえた上で、海外調査特有の事情について私の考えを述べます。

まずは、議員自身の意識改革です。海外調査は非常に大切ですが、費用も高額になるため、生み出す成果などがかなり明確になった段階で行われるべきです。一回の視察で100万円近くかけて、少し質問に触れた程度であれば、それは高額な費用をかけて行う海外調査の成果とは呼びがたいと思います。やはり、しっかりとした政策提言に繋げていくべきであると思います。

また、調査内容がしっかりしていればビジネスクラスでもよいと主張する議員もいますが、大抵海外調査の費用の大半は高額な航空券であり、本当に必要な調査であれば住民のためにエコノミークラスに乗ってでも調査を実施し、調査の費用対効果を最大値にする努力をするべきではないであると考えます。調査費用は半分以下になります。

次に、規模の大きな議会によく見られるのですが、海外調査のために別途予算付けされている費用を見直すべきです。神奈川県議会でも「県政調査制度」というものが存在し、4年間で議員1人あたり100万円程度の予算がつきます。海外調査が今ほど気軽でなかった時代は必要であったのかもしれませんが、もはやこの制度の存在意義は失われました。むしろ、この制度があるために、目的や費用対効果の低い調査が散見される現状になっています。政務調査費で対応すれば済む話です。なお、本県の同制度による海外調査は凍結されています。


●実際の私の運用
ご存じの方もいると思いますが、特に県議会議員になってから、私は海外調査に何回か行っています。北米5回、中国2回、シンガポール1回及び欧州2回(今回含む)の合計10回です。そこで私がどのような意識や運用で海外に行っているかを簡単に触れます。

実は海外調査を実施するときに、私は相当気を遣います。やはり住民の厳しい目があることがわかるからです。特にその調査を公費(私の場合政調費)で行う場合が問題になります。私費で調査を実施する分には誰も批判はしないからです。

そこで、まだ成果物に繋がるかどうかがわからない段階においては、私は私費で調査に行くようにしています。公費で実施して過大な説明責任を果たすことにプレッシャーを感じながら行うよりも、柔軟に現地の知見を得ることができるからです。従って、過去の調査の内、2回の欧州調査以外は自費で行っています。

ただ自腹にも限界がありますので、生み出す成果がある程度見えてきた段階や同僚の議員を誘って共同で調査を行った方がよい場合などは、公費を使って海外調査をすることがあります。それが今回の調査と過去に行ったスコットランドとイギリスにおける調査です。

費用の低減にも相当気を遣います。もちろん、費用が低ければ税金の節約にもなりますし、何よりもその浮いた分を他の調査に用いることもできます。2回の欧州視察とも1週間程度の行程で40万円を切る費用になっています。行程が不規則で通訳代等の諸費用がかかることを考慮すれば、企画された欧州のパッケージ旅行とほとんど変わらない額です。ちなみに、同行程を議会局で組ませると2倍から3倍の費用になります。

さらに、海外調査にはそう簡単に行けるわけではありません。得られた知見を詳細な報告書に記すことはもちろんのこと、プレゼンの機会などを通じて他の議員とも情報を共有するようにしています。このことにより、視察の効果の部分がさらに大きくなるからです。

そして最も大切なのは、「いかなる成果に繋がったか」です。実は国内外問わず議員の視察に最もかけているのはこの視点であり、ここが曖昧だからこそ議員がいくら「視察は必要」といっても住民に相手にされないのです。

私に置き換えると、この成果という部分で最も大きいものは、昨年提出した「議会改革50の提案」です。この提案書には地方自治制度の抜本的な改正の視点が含まれており、また個々改革案にも日本の地方議会制度にない視点の提案がありますが、米国及びブリテンの調査の一つの成果です。
50の提案はこちら
http://nao.tv/_src/sc988/20100721gikaikaikaku50.pdf


●日本の政治の貧弱さ
最後になりますが、私が海外に出ることの必要性を痛感することの重要性を再認識したのは、近年の日本社会の内向き加減が大きくなってきたからです。内向きになれば、物事を相対化することができなくなり、偏屈な価値観の下誤った方向に物事が進んでいく可能性が高くなります。

政治に関しても同じです。世界という大局的な見地から日本を俯瞰できなければ、今後日本が大きく飛躍していくための戦略も描けないと感じます。

明治維新の志士たちは、英和辞典も満足にない時代に日本の将来を真剣に考え、船で何十日もかけ「海外視察」に飛び出しました。その成果が現在の日本です。

海外が気軽になり、日本人の国際化がますます重要な課題になった現代だからこそ、もっともっと海外に出て、己の視野を広げていくべきではないでしょうか?

同時に日本の素晴らしさももっともっと発信していくべきだと思います。
posted by 菅原直敏 at 13:41 | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする